2012年1月30日 (月)

「寒稽古」の楽しみ

大寒波が居座って、毎日、氷点下の朝が続いています。

ここんところ、朝6時台の気温は、
27日がマイナス2・9℃、
28日がマイナス2・5℃、
昨29日はかろうじて氷点下を免れて0・7℃、
しかし、昨日はやや強い風が吹いていて、体感では前日よりも寒い感じでした。
今朝は再びマイナス2・5℃。

一週間ほど前に降った雪は、まだ消えない。クルマの通る道路にもところどころ残っています。
滑って転ばないよう慎重に「早朝ウォーキング&筋トレ」をやってます。これもまた“負荷をかけた運動”となって、健康効果はアップしているはずです。

日の出がだんだんに早くなって来て、暗闇の中で動き回らなくてもよいようになってきました。大寒波がやってきて、とても寒いけれども、その代わり朝焼けがいちだんと鮮やかで美しい。「早起きは三文の得」というが、三文どころではない。まさに、天の配剤でありましょう。

霜柱をさくさくと踏んで動き回るのもまた一興、「寒稽古」ならではの楽しみです。

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大寒波の寒稽古のおかげで、ずいぶん寒さには強くなりました。
今のところ、風邪もインフルエンザも引かず、体調良好です。室温も低くてもOK。省エネ生活です。
ただし、風邪対策で、「湿度は適度」を保つよう努めています。


2012年1月27日 (金)

しもやけには良くないが、楽しき大寒波の朝の木刀素振り

これまでに書いたことの“続報”

しもやけ
暮れに寒波が来て、それでも手袋もしないで歩いていたら、指がしもやけになったまま、治らないというこことを以前に書いたが(2012/1/14付け)、もう一ヶ月が過ぎたけど、まだ治らない。
ワセリンやメンソレータムを塗っても、ぜんぜん効果がない。
軍手など手袋をして保温に努めるほかは、なすすべがないようだ。
で、暖かくなるのを気長に待つことにして、仕方なく“放置”している。

それはともかく、
このところ、寒波が到来、ずいぶんと寒い日が続く。
森の筋トレ場では、今朝6時台、マイナス2.9℃を記録した。

その大寒気を衝いてウォーキングし、森の現場に着く。荷物をベンチに置き、手袋をとって、木刀を握る。木刀もすっかり冷えきっている。寒気と相まって、氷棒を握るかのようだ。
軽く柔軟体操をした後、素振りを開始する。

冷えきった風を切る素振りで、指先はなおさら冷え、素振る回数が増えるにつれ、痛冷たさが増す。100回連続でやるが、終えるころは、指先の感触がなくなるほどだ。
木刀を置いて、両手を擦るけれども、なかなか“生気”が戻らない。

こういうのは、しもやけの治癒にはマイナスであろう。だけど、やむえない。
それよりも、プラスの方が大きいと思われ、あえて寒さに身をさらすのである。

指先は寒波にやられてしもやけができているけど、体はまったく大丈夫である。
早朝筋トレやり初めの冬の防寒着とは様変わりの薄着スタイルで、寒冷はいたく感じるけれども、体にこたえない。開けた襟元から寒気が入って体を冷風が撫ぜていく。それが心地よく感じるのが、なんとも嬉しい。
鉄砲洲稲荷の寒中禊(下の画像。今年1/8撮影)のひとたちにはとても太刀打ちできないが、それでもいくらか近づいたかなというところだろうか。

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2012年1月25日 (水)

真冬の「大寝汗」、その対策

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雪の大谷口歴史公園(2012.1.24朝)


真冬の大寝汗対策

今年1月4日付けのブログ「真冬に寝汗をかく理由」の続報である。
上掲記事のように、
毎年、冬の、とくに厳寒のころになると、寝ていて大汗を書くようになった。数年前からで、筋トレをやり始めた頃とほぼ重なる。
全身が汗でびっしょりになるのである。

昨年までは冬になると,敷き布団のシーツの下に毛布を敷き、掛け布団(羽毛)と、その上に薄い夏のふとんやタオルケットを重ねたりしていた。寝間着もネルの分厚い生地のそれであった。
さらには、湯たんぽ(ナルゲンボトル)を入れたりするなど、数々の冬対策・保温対策を講じていた。
それが、今冬はまったくそんなことをしていない。

敷布の下の毛布なんてないし、掛け布団の重ね着なんてものもない。湯たんぽももちろんなし。寝間着もネルでなく、夏の浴衣である。まったく“秋と同様”だ。
秋には寝汗なんてかかなかったのに、同じスタイルで、真冬になると汗をかくのである。

どうやら、筋トレで筋肉が増え、その筋肉が「最大の熱産生器官」という特性を活かして、厳寒に対処するべく体内の保温に務め、それが高じて多量の発汗に至るものであるらしいと判断した。

いろいろ考えて、いくつかの対策を講じてみた。
夜中に布団を“薄着”とすればいいのだが、それはむり。
で、発汗の素となる「エネルギー源を減らす」ことにした。

それは、夕食の「小飲少食」と、食後の過ごし方の改善である。

大いに食べ、大いに飲んでいて、冬は発汗が少ないから(我が家は暖房をあまりやらないから)、エネルギーが溜まったままになり、それが夜中に汗となって発散されるという一面もあるのかもしれない。
とくに、夕食後、すぐに横になり、テレビを見たり、落語や音楽を聴いたりしながら、寝入ってしまうことが常態となっていた。
食事をしてから1時間半か2時間後には床に入る。
これを改めることにした。

食後、外へ出るなどして適当な運動をするとよいのだが、そこまではちょっとやれないので、軽く柔軟体操なんかをやって、本を読んだりして、食事から寝るまでの時間をせめて2時間半から3時間までとする。

以上を無理のないように、毎晩やり始めた。すると、寝汗で「大汗をかくこと」は少なくなったのである。
いくらか汗はかくけれども、以前のように、「大汗でぐっしょり」ということはほとんどなくなった。

「小飲少食」はときおり守れないこともあるが、だいたいその傾向でやれている。酒量が減ったから(基本的には晩酌は日本酒1合)、食後のうたた寝がなくなり、時をおかずして床に付くことはしなくなった。
体操や読書などに時間を費やすこととなり、汗をかかずとも、溜まったエネルギーの消費をうながすことになっているようだ。

この夕食の「小飲少食」と、食後の過ごし方(小運動と就寝時刻を遅らせる)の改善は、健康にはたいへんよいはず。
就寝時に大汗をかいても、体調が悪いということはまったくなく、ずっと好調を維持しているが、寝汗をかくのが少なくなっても、その体調の良さは変わりない。
寒波がきているけど、おかげで体調は絶好である。

2012年1月24日 (火)

“大雪”の朝…2012年1月24日

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いつもの筋トレ場の雪景色

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コナラの木

朝起きるとやはり雪が積もっていた。たかが数センチだけど、すべるのはこわい。無理することはない。しかし、雪国育ちだから、雪道を歩くのは郷愁もあるし、好きだ。普通の道よりも、いい運動になるということで、6時過ぎに、木刀を持って、出かけたのである。
足は長靴履き。雪は湿気を含んだもので、やわらかい。日が上がれば解けるであろうが、6時台、最も寒い時刻とあって、凍っているところも少なくない。用心しながら歩いた。
すっきりと晴れ上がった紺碧の空に、白い雪景色は、清新であった。いつもの歴史公園へ行くと、未踏の雪地にすっくと立つコナラの大木が、いつもは葉を落として、枝だけが空に向かっていたのが、雪の花を満開に開いて楚々とそびえていた。
雪の朝ならではの美景に、しばし見惚れた。

ツバキのつぼみは、この寒中、じっと縮こまったままで時の来るのを待っている。昨年暮れから同じような形のままのようだが、よく見ると、ほんの少しだが、ピンクの色づきが増して来たような感じがする。なんミクロンか、少しずつ少しずつ、咲きかけているのだろう。
厳しい環境に耐えて、開花へと地道に内々の精進を続ける。生きとし生けるものの使命全うを改めて思った。

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ツバキのつぼみ

2012年1月23日 (月)

継続は力なり

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ずっと続いたカラカラ天気と打って変わって、このところ数日間は、ぐずつき模様だ。寒波が来てないので、雪とはならず、雨模様。せいぜいがみぞれだ。
上掲の朝焼け空の画像(今年1/6朝に撮影)のような光景はのぞむべくも無い。

天気が悪いので、暗く、そして寒いのだが、雪が積もるのよりずっといい。ウォーキングがやれるだけでも、幸せというべきだ。

雨模様で「木刀筋トレ」は3日連続の休みを余儀なくされた。しかし、トレーニングは休まず、傘をさしてのウォーキングは続けた。
20日(金)は朝だけ歩いたが、それ以外はあまり歩く機会がなく、その日一日の総歩行数は4869歩と5000に届かなかった。が、それ以外の日は連日1万歩を超えている。

さらには筋トレはできなくても、日中などは体をこまめに動かすようにして、なまらないようにしている。
とにかく、寒いからと、体を動かさないのはいちばん体に悪い。
少々の雨ぐらいなら、傘をさして動くのにどうってことはない。動いたほうが心身の健康にはるかにいいと、「多動」を心がけている。

今朝も筋トレの出がけに、霧雨みたいなのが降っていた。が、大したことはないので、そのままウォーキングを続けた。もちろん傘はささない。しばらく歩いていたら、やがて止んで、いつもの森へ行って、木刀筋トレを楽しんだ。

空は雨雲で覆われて暗かったが、次第に明るくなると、野鳥が鳴き出して、その声を聞きながら木刀を軽快に振った。この気分がなんとも良い。
この日やったのは、木刀の素振り、四股、大股前進後退ウォーク、大股横移動歩、それにストレッチ各種。
ウォーキング、坂道ランニング、ダッシュ、階段歩きなどいつものメニューはもちろん、やった。
木にぶら下がっての脚の上下や、逆立ち、腕立て伏せなどは地面がぬれているので、やらなかったが。

久しぶりだったが、かくべつ荒い息にもならなかった。
早朝に急に激しい運動(といっても、大したことはないが)をやっても、体にむりがかかることはないのは、“いちおうのトレーニング”を継続しているからこそだろう。

今夜はまた気圧の谷が来て、雪になり、積もるらしい。
明日朝は晴れていても、雪が残っている可能性がある。すべらないよう、けがをしないように、「継続」へ、細心の注意を払って当たることにしよう。

ともかくも、雪で転んだりしてケガでもしたら「継続」できなくなってしまう。
「継続」こそがポイント。「継続は力なり」

2012年1月14日 (土)

しもやけになったけど、元気で早朝筋トレを続ける

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2012.1.10朝

寒に入って、いちばん寒い時期。連日マイナス気温です。ですが、マイペースで毎朝のトレーニングをがんばって続けています。

昨日1/13の朝はとくに寒く、ー1.1℃。ウォーキングしていると、頬や耳、指先が痛いぐらいです。
森(城址公園)の中の小広場でいろいろ動いてますが、すると、土砂がくつの中にいくらか入ります。靴の表面ももちろん土砂が付いて白くなります。

それで、上がりのときに、古布を水で濡らして靴に付いたよごれを拭きとるのですが、昨日1/13は、その古布がたちまち凍ってしまったほどでした。
今頃は早朝の天空には月が残っています。薄暗く寒い“夜空”に皓々と輝く寒月。それを眺めながらのトレーニングは、身も心も引き締まり、清々しく、しかし、なんとも楽しいです。

そんな寒冷もさほど堪えずに、保護帽やマスク、マフラーなんてのもせず、秋のままの“薄着”でやってます。
ウォーキングでは、むしろ、シャツの襟元をわざわざ広げて、寒風を呼び込んでいます。そのほうが体の内部が温まると、南雲吉則医師が言ってましたが、たしかに肌は冷えても、お腹の中はたいへん温かいです。

ただ、素手でウォーキングをやっていたら(両手に、木刀と小荷物を提げて)、指先がしもやけになりました。何十年も前、小学校の低学年のとき、以来です。
それで、今はウォーキングのときだけ手袋をしています(木刀の素振りはもちろん、素手でやる)。
耳や頬はさいわい大丈夫です。

“今冬いちばんの寒さ”というのでも、保温せずにいつも通りやれるというのが、寒冷に強くなった証拠なので、まことに嬉しいです。


2012年1月 9日 (月)

早朝筋トレ継続への誓い

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昨日1/8、東京・築地の鉄砲洲稲荷神社で行われた「寒中水浴大会」(寒中禊)。寒風もなんのその、100名ほどの善男善女がふんどしひとつになって(女性は白衣を着る)、大きな冷水桶に入って禊払いを行うもの。
快晴だが、おりしも寒風冷気の漂う中、行事は1時間ほど続いた。見物人の中にはくしゃみをするひともいたが、行事参加者はだれひとり、くしゃみや咳をするひとはいなかった。
気合いが肝心と、つくづくと思わされた。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
昨年は、元日から大晦日まで、6時から1時間余の早朝筋トレをずっと実践することができた。継続できたのは、風邪も引かず、その他の病気もケガもなく、ずっと健康生活が送れたからだ。

これまでは、家内が風邪を引くと、たいていうつったものだ。もともと私は子どもの時から、風邪には弱かった。しょっちゅう風邪引きであった。

しかし、昨年は家内は病院やサークルから菌をもらって来て2度ばかり風邪を引いたけど、私は発症しなかった。体に風邪の菌が入ったなという感じはしたが、発病せずに済んだ。抵抗力が強くなったのだ。それも、4年前に始めた早朝筋トレのおかげだと思う。

我が内なる声(体調)に細心の注意を払いつつ、早朝トレーニングを継続する。
といっても決して無理せず(調子がよければちょっとだけ無理するときもあるが)、「適度に」「適当に」「楽しく」取り組む。その姿勢を4年間、貫いてきた。早朝トレーニングは、ほんとに楽しい。だから、続くのであり、健康効果が出るのであろう。
今年も、そんなこれまで同様の姿勢で、早朝トレーニングに取り組んで行きたいと思う。
そうすれば「楽しみ」もさらに深まり、無理なくその「継続」がなされよう。すると、健康保持・増進に多大な効果が出続くだろう。

早朝トレーニングに取り入れている、ダンスの基本の基ステップ。スローの大幅後退ウォークや、ワルツの大股ステップ(左から右へ、右から左へ、最大限の歩幅でステップを踏む)は、ほかのトレーニングでは類例がない独特の下半身鍛錬法でもある。体のバランスを養うのに最も効果的なトレーニング法と思われる。

その他、逆立ちや、木枝ぶら下がり、四股踏みなどで、普段使わない筋肉を鍛え、血流をさかんにすることを心がけ、むりせず、今年も早朝筋トレを継続していきたい、そして、健康を謳歌したいと年の初めに改めて思うのである。

2012年1月 7日 (土)

年初の訃報に思う…健康に留意して我が天寿全うへの誓い

寒波が続いている。
体の弱ったお年寄りは、この時期に亡くなるケースが多いようだ。
身近でも、昨年今年と相次いでいる。

昨年のちょうど今頃(1/5)、郷里北陸の親戚の方(80代後半の男性)が亡くなったという報が届いた。たいへん世話になった方なので、翌朝1/6、弔いへと急きょ飛んで行った。
田舎では雪降りが続いていて、冷氷の中、久方ぶりに味わう“郷里北陸の寒さ”に凍えつつ数日間、我が家に滞在した(1/6〜1/11)。

年に数回、帰省しているが、それも春から秋にかけてである。
冬場は積雪で足場が悪いし、寒いということから、ほとんど帰っていない。
真冬の帰省は10数年前の伯父の葬儀(2月初め)以来であった。そのときも雪の降って寒かった。
南関東から急きょ帰省して、改めて雪の北陸の寒さを痛感した。

しかも我が家は大きな旧家で、壁や戸は、隙間だらけ。室内は、暖房といっても電気ストーブがあるだけで、全開にしても温度は上がらない。せいぜい2、3℃。冷蔵庫よりも寒いのである。
厚着しても、身は温まらない。冷たいすきま風に、震えながら毎日を過ごした。

しかし、久方ぶりに体験したのは氷雪寒冷だけではない。北陸冬の味覚の豊かさは、ダントツである。それを連日連夜、たっぷり味わった。
ブリ、鱈の子付け、もちろん地の美酒も…
それらで心身を温めた。
おかげで風邪も引かず、1/11無事帰京することができた。

今年の今日1月7日朝、携帯にメールが届いているのに気づいた。
みると、昨夜遅くの訃報であった。
近所に住んでおられ、私がたいへんお世話になった、大恩人でもあるOさんの奥さんが亡くなられたという。
大正6年生まれで、94歳。3月には85歳になられるところだった。
Oさんの近しい方からの連絡であった。

Oさん夫人は、膝や股関節を傷められ、病院にずっと入院して、手厚い看護を受けておられた。が、昨日、容態が急変したという。もともと心臓がそんなに強くなかったから、この寒波がこたえたのであろう。しかし、天寿全うであろう。

Oさんのお宅へは何度もおじゃまをし、夫人にもよくお会いし、話をいろいろと伺った。温かい人柄で、飾り気がなく素朴、尋ねると素直に話をしてくださった。
何年か前、入院される直前にOさんを訪ねたおり、ちょうど来客中で、食堂で待たせてもらったが、そのとき、Oさんとの生活を振り返ってのお話をしてくださった。

「結婚して、ほんとによかったですよ」と、食堂の一角、日当りのいい窓際で椅子に座って、ややはにかみながら、そうきっぱりとおっしゃった笑顔を、今も覚えている。

現世の今は寒冷の季節だが、天寿を全うされて、観世音菩薩の導きにより、阿弥陀如来の世界、日当りがよくて暖かい極楽への道を、ゆっくりと歩んでおられるOさん夫人の姿が目に浮かぶ。

ところで、
こういっちゃなんだが、90、80のお年寄りがあの世へ逝かれるのは、天寿を全うしてであるから果報というべきであろう。
しかし、70、60では、そうはいえないであろう。
年齢だけにこだわるわけではないし、70、60でも天寿を全うしたケースもあろうけれど、そうでない場合が多いのではなかろうか。
まだまだ、やりたかったことが多くあり、心残りで去る例が多いのではあるまいか。
生きていても、病気に倒れ、やろうにもやれない場合もあろう。

そうならないためにも、日頃から節制して健康保持に留意して、天寿を全うしたいものだと、年初の寒夜につくづくと思うのである。2012.1.7記

2012年1月 4日 (水)

真冬に大量寝汗をかく理由

真冬に限って寝汗をかくようになったのは数年前からだ。春から秋にかけてはまったくそんなことはないのに、寒くなると寝汗をかくようになったのである。
それも、だんだん大量になり、今では起きると、下着がびっしょり、寝間着までもがぐっしょりとなるほどである。

部屋に暖房はない。エアコンやその他、ストーブはいっさいなし。自然のままである。
当初は結核にでもなったかと心配した。しかし、咳は出ないし、レントゲン検査でも異常はない。
体調もよい。

自律神経の乱れで寝汗が出るという情報もあるが、私に限ってはそんなことはありえない。
「早寝早起き」で、森の中における「早朝木刀エクササイズ」という「自然界のリズム」に即した適度の筋肉トレーニング4年継続により、心身すこぶる健やかな生活をしていて、メタボなど無縁な健康状態にあるのが、現在の私であるからだ。

夜具がかくべつ多すぎるということもなさそうだ。
寝具は以前に比べると、ずいぶんと“薄着”になっている。
以前は冬になると、羽毛布団の上に、さらに毛布をかけたり、薄い布団をかけたりしていた。敷き布団も、シーツの下に毛布を敷いたり、さらには湯たんぽを入れたり、寝間着もネル製の分厚いのにするなど、暖房を施していた。

ところが、今は真冬も秋と同じで、掛け布団は羽毛のを1枚、敷き布団も無圧布団1枚である。
寝間着も薄い浴衣で、下着上下は秋と同じだ(木綿の半袖シャツとパンツ)。
それでいて、真冬になり、気温が低下すると、夜中に汗が出て、ぐっしょりとなり、着替えをせざるをえなくなるほどである。

床に入った当初は風呂上がりでもない限り、体も冷えていて、しばらくは寒いぐらいだ。しかし、間もなく体が温かくなり、いつの間にか寝入ってしまう。
夜半に目が覚めると、もう汗をかいている。
そのときによって、汗の度合いが違うが、とにかく「汗ぐっしょり」というほどの発汗なのは確かだ。

これで体調が悪ければなんらかの病気を疑うが、まったく体調はよく、連日早起きしての「早朝筋トレ」も楽しくやれている。
日中に眠くなるといったこともなく元気なのであるから、「厳冬期の連夜の大量寝汗」も、現今の私には異常なことでなく、正常現象であると判断せざるをえない。

健康情報をいろいろ調べてみて、我が寝汗の原因は、「体の筋肉増加」にありそうだということが分かった(小生独自の見解)。
つまり、
「筋肉は人体最大の熱生産器官である」(アンチエイジングの専門医・斉藤真嗣氏の著書「体温を上げると健康になる」など)から、筋トレによって我身の熱生産力が向上したのが原因であるらしい。

我が体は4年間続けている「早朝筋トレ」により筋肉量がぐんと増加した。
例えば、筋トレを開始した当時・2008年夏は、およそ体脂肪は18、9%であり、体重は58、9kgであった。
その体脂肪と体重はだんだんに減り、今や体脂肪は12、3%、体重は55kg前後である。

体重が減り、比例して体脂肪も減ったのであるから、反比例して筋肉率がぐっと増大したことが分かる。事実、体重計で筋肉量をみると、45kgぐらいで、実に8割以上を筋肉が占めている計算となる(体重計での測定であるから、およその目安で、さらに下半身のそれであるという話だが)。

筋肉がぐっと増えたことで熱が産出される度合いが高まったのであり、それで、とくに冬は寒いがために脳が保温命令を出して筋肉が体熱を発散するようになったのではあるまいか。

寝汗は、春から秋はさほど出ず(真夏の蒸し暑い時はもちろん出るけれども、真冬ほどではない)、厳寒期の夜半に限ってものすごい量が出るのは、寒さに対応しての保温ゆえであろう。(体が内から温まるにつれ、ふとんを薄いのに替えれば汗は出ないのであろうが、眠っているときに、そんな芸当は出来ない)。

筋肉が増えたことで、寒さにもずいぶん強くなった。
朝のウォーキング時の防寒も手袋ぐらいで、帽子やマフラーが要らなくなったのは、やり初めの年の冬期の防寒対策を思うと、まさに“隔世の感”がする。

2012年1月 1日 (日)

2012年 “初日の出”

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元日、2日と曇り空が続いて、初日にお目にかかれなかったが、今日1/3の朝7時過ぎ、ようやく日の出を拝むことができた。
いつもランニングをする坂の上、当地鎮守の鳥居前で2日遅れの“初日”を迎えた。
日の出はいつも神々しいが、遅れてとはいえ、初日のそれは格別であった。
                2012.1.3記


2011年12月31日 (土)

2011年“健康法”を振り返る

大晦日の朝も、いつも通り。
朝5時起床、アンクルウエイトを着用し、6時から早朝トレーニング(木刀による筋トレ、ストレッチ、ウォーキング)に出発だ。
例によって空は暗い夜。しかし、東はうっすらと明るく黄金色に染まっている。風はあまりないが、冷気が身にしみる。が、心地よい。

口や喉の運動をしながら、階段を下りて上って,となりの小公園へ。
省エネでライトなし。
つまづかないよう、懐中電灯で足元を照らしながら歩く。
木刀と荷物を降ろして、柔軟体操・ストレッチ各種、ケヤキの木へ拳突き、モチノキにぶら下がって足の上げ下げなど。

体がほぐれたところで、階段を下りて、ウォーキングを開始。前方100mほどの坂をランニング、
途中30mほどを全力ダッシュする。
駆け上がった地点から、階段を下り、また別の階段を上り、そして下りと、あちこち階段歩きを続ける。
この辺りは元は山だったのを宅地に開発したので、ほうぼうに階段があり、トレーニングには絶好の地理っ条件が備わっているのが嬉しい。

平地へ出て、住宅街を大股早足で通り過ぎ、筋トレの第二会場である緑豊かな歴史公園へ。
ここでも階段の上り下りを繰り返して(250段ほど)、森の中の小広場に到着。ただちにトレーニングを開始。

朝焼け空、木々に映る朝光を眺めつつ、木刀の素振り、ねじり、スクワット、指立て腕立て伏せ、木刀を振りかぶっての大股前進後退ウォーク、大股横移動などをやりつつ、時々立ち止まり腹式深呼吸をする。
だんだんに明け行く大空を眺め、野鳥の声を聞きながらのトレーニングはなんとも楽しい。

20分ほどやってストレッチで仕上げ。
小荷物を木刀で担いで、再び階段の上り下りを繰り返した後、西へ向かい、緑地を歩き、神社への坂道をランニングして丘上の神社に拝礼してから下りは歩き、またお寺への坂道を上る。このときは般若心経を唱える。坂道上りでの読経は心肺機能の向上が目的だ。
お寺に拝礼して後、平地を歩き、坂を下り、平地を歩き、再び最初の小公園へ着き、ストレッチしてから逆立ち30秒。このとき、20は腕の屈伸を行う。
逆立ちの後、ケヤキに向かって鉄砲30回。
そして、階段を降りて、自宅への階段を6階まで歩いて(なお、階段歩きは上りは基本的に2段ずつ上る)自宅玄関に到着。西に一礼した後、ドアを開け、帰宅。だいたい7時10分ごろだ。
この合計70分のトレーニングが、早朝の日課だ。

これがいつもの「早朝トレーニング」パターンで、今朝もやった。
今年も元日から無事元気で、「早朝トレーニング」を大晦日まで続けることができた。
風邪を一度も引かず、ほかの病気もせず、つつがなく、一年を、まことに楽しく過ごせたことを感謝したい。
来年も人生の「目標」に向かって前進を続けたい。それにはなんといっても健康であることが大事だ。
早朝トレーニングをずっと続けることができる、そうするように食事、睡眠などを考慮して実行することが一番の健康管理であるわけで、その継続へ万全の心構えで臨みたいと改めて思うのである。
2011年12月31日

2011年12月17日 (土)

寒冷にめげず、“寒月”を眺めつつ早朝筋トレに励む

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12/11早朝、皆既月食を終えた満月が西空にとどまっていた。朝焼けで薄くピンクに染まった空の月を眺めながらの「木刀筋トレ」は清々しく、最高の気分が味わえる。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
筋肉はいくつになってもトレーニングをすれば再生されるという。個人差、性差はあっても、やればやっただけの効果は必ず出る。

がん闘病でも有名なジャーナリストの鳥越俊太郎氏が、70歳になった昨年から筋トレを始めたと、今朝12/17の朝日新聞に出ている。
週3回、都心のジムに通っているのだそうで、タンゴの名手である女優と心ゆくまで踊りたいとの、社交ダンスが動機の一つでもあるらしい。
1年半前は2分でヨロヨロだった運動を、今は15分難なくこなしているという話だ。

百寿者で有名だった「きんさん、ぎんさん」が筋トレをやっているのをテレビでみたことがある。100歳を超えても筋トレは効果が出るのだ。
先だっても、短距離競走の練習をしている88歳の女性が、ただ走るだけでなく、腰にロープを巻いていて、そのロープの先にはタイヤがくくりつけてある、つまり、クルマのタイヤをひっぱりながら、ダッシュをやっている様子を、テレビが報じていた。
小柄な方だったけど、すごい!と感服しきりだった。
見習うべきは、あの精神と実行力、継続する志だ。

早朝筋トレ、相変わらず、やっている。
ずいぶん寒くなってきたが、寒さもあまり堪えず、まだ“秋の服装”でやっている。
風邪もひかない。
ただ、右手人差し指の爪のところがひび割れて痛い。
どうやら先だっての寒波寒風にも素手でウォーキングしていたのが原因のようなので、軍手をはめることにした。
木刀持つ時はもちろん、素手になる。

しかし、寒くても暗くても、晴れていると気持ちがまことによい。
天空には半月が輝いていた。2011.12.17記

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12/13 朝6時台、森の中は薄暗く、夜の様相だ。樹林の間から煌煌と輝く月を眺めつつ、木刀を振る。


2011年11月30日 (水)

逆立ち健康法2周年

Sakadati1111
2011.11.7

逆立ちを早朝木刀エクササイズに取り入れたのは,2年前の11月初めだった。ちょうど丸2年が過ぎたことになる。

過去ブログに記してもいるが、逆立ちするのは当初は容易でなく、ちょっとむずかしかった。倒立しても長続きできず,10数秒がやっとであった。
しかし、やっていくうちに筋力やバランス感覚がついてきて、逆立ちしたままじっと長くおれるようになった。

3分ぐらいやるのを目標として継続した。着実に時間が伸びて、1分過ぎまでやれるようになったけれども、そこでちょっと考えを変えて,倒立時間を延ばすのを中止した。
安全のためである。

長く逆立ちをやっていると、アタマに血が上ってくる。顔が火照ってくるような感じだ(実際にもいくらか赤くなっているのであろう)。
すると、血が溜まってアタマの血管が切れたりすることはないのだろうか、との思いがいくらかよぎったのである。

体調はよいし、血液もドロドロではないし(と思う),血管も丈夫ではないかと思ってはいるが、加齢を重ねて来ているのであり,血管も実はだいぶ老化、脆くなっているのかもしれない。
もろくなっているところに、血液を“逆流”させるのであるから、下手すると、切れるかもしれない。
だから,用心のため、あんまり長くやるのはやめようと思ったのである。

で、30秒ほどやるぐらいなら、ま、いいだろうと思い、そうすることにしたのである。
30〜40秒ぐらいならあまり無理でないから、だいじょうぶであろう。

最近は,さらに「負荷」をかけてやっている。
秋から翌年の初夏にかけては、足首に1kgのウエイトを巻き付けているが、それを付けたままで逆立ちをしている。
さらなる負荷もある。
逆立ちしたまま,肘を少し曲げては伸ばしを繰り返すのである。
“逆立ち腕立て伏せ”みたいなもの。足首に1キロのアンクルウエイトをつけたまま、それをやるのは、かなりの“無酸素運動”でもあるようだ。
1キロ(両足で2キロ)のウエイトをつけ、30秒、ときに40秒ていどの逆立ちで、10〜20秒ぐらい“腕立て伏せ”をやる。
これが、最近の我が逆立ち健康法である。

逆立ちは当初、第二の筋トレ場(歴史公園)で、コナラの大樹を支えにしてやっていた。今年になってから,それを第一の筋トレ場すぐ近くの小さな公園でやることにした。
ここはコンクリートの壁面があり、大きなそれを“支え”とすると、より安全だからだ。
コンクリートよりも、土や樹を支えにして逆立ちする方が気持ちがいいけれども、やはり安全性を優先したほうがいい。
おかげで心身まことに快調である。

2011年11月22日 (火)

大道芸に大笑い…「免疫力向上」の第7回大道研まつり

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両国で大笑いをしてきた(11月20日)。
「大笑い」は、江戸東京博物館ホールで開催された「第7回 大道研まつり」での話である。
           おもしろ大道芸の数々が
大道芸研究会という組織があり、そこの会員が各自十八番の技芸を次々に披露したのだ。
昔から路上で演じる大道芸人がいて、祭りなどでは小屋掛けなどもあった。東京都では大道芸人を「ヘブンアーティスト」として公認する制度を設けていて、上野公園などで演じているのがよく見られる。
そんな大道芸の数々が路上でなく、大ホールの舞台で展開されたのだ。

がまの油売り、地獄・極楽の解説,のぞきからくり,物売り、不動金縛りの術、蛇喰い娘、バイオリン演歌、バナナの叩き売り、エトセトラエトセトラ…

大道芸人が日頃磨いた技、口上や技芸を披露し、それを客が楽しむのだけど、演じながらも場内のお客と当意即妙のやりとり、皮肉たっぷりの下ネタ混じりのそれが面白く、大いに場内の爆笑を誘う、生の舞台ならではの魅力だ。

観客は老若男女。ちびっ子たちもいて、演者の問いかけに大きな声で反応する、それもまた一興であった。
次から次への演技には、理屈抜きで笑えた。

     映画「ステキな金縛り」はつまらなかったけれど面白おかしき「不動金縛りの術」

とくに不動金縛りの術。
たわいもないパフォマンスだといえばいえる。が、先だって見た映画「ステキな金縛り」(三谷幸喜監督作品)が評判倒れというか、なんともステキでなく、まことに詰まらぬ映画で,笑いも感動もなく、退屈で、ただ眠たかっただけの愚作だった。
それに比べて,この大道芸の「不動金縛り」は終始笑いの連続。これぞまさに「ステキな不動金縛り」であった。

笑いは健康にいい、免疫力を高めるという。
大笑いで、ずいぶんと我が免疫力は高まったのではないか。我が地域は放射能のホットスポットであるが、“放射能への抵抗力”もおおいに高まったのではないかと思う。

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観客が登壇し、石棒を立てようとするが、立たない。

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演者(角福請さん)が気合いもろとも立てると,すっくと)

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金縛りの術をかけるようにはみえない、穏やかな人相の御仁。能ある鷹は爪を隠すか。


2011年11月21日 (月)

「酒燗健康法」再開

このところ、寒暖の変化がまことに激しい。
おとといは寒くて,昨日は暖かくて(いや、暑いぐらい)、今日はまた寒くて、といったぐあい。明日はさらに冷え込むとか。

そんな気温の急変には我が体はまったく堪えず,快調。早朝筋トレによる筋肉増のおかげであろう。
筋肉は保温効果がずいぶんあるようだ(脂肪は体を冷やす)。
冷え性のひとは筋トレをやると効果的だとつくづく思う。

今朝は久しぶりに晴れて,青空に金色の朝焼け雲が浮かび、紅葉の木々の彼方にそれを眺めたり、落ち葉を踏みしめながら、木刀エクササイズを楽しんだ。

ところで、「寒い夜は温かい酒を飲むに限る」のは普遍の真理であろう。
冷え込んだおとといは,久しぶりに燗酒を飲もうと,しまってあった電気酒燗器を取り出した。
昨年購入したもので、容器は1・5合入りで、人肌燗35度,上燗45度,熱燗50度、飛切燗55度の4種が楽しめる(酒燗の度合いはレバーを動かして決めるので,4種の燗しかできないわけではない。例えば人肌燗と上燗の中間に位置させればぬる燗も出来る)。
 
ついでにいうと,燗酒はほかに、
雪冷え5度
花冷え10度
涼冷え15度
日向燗30度
ぬる燗40度
がある。

私は純米酒の上燗が好きなのだが、そのときの気分、酒の味、体調、つまみなどによって、ぬる燗にしたり,熱燗にしたりして味わいを楽しむ。
早朝筋トレなど筋肉トレーニングを思い通りにやった日の夜は、かくべつに酒がうまい。
しかし、飲み過ぎないよう自制して、ここでも「腹七分」を守る。
“燗酒健康法”の基本であるのはいうまでもない。


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左が電気酒燗器(1・5合)
中は電子レンジ用の耐熱ガラス製徳利(2合)
右は酒燗徳利(1合弱)で器にお湯を入れて徳利で燗をするものだが、田舎へ持って行って、現在ここにはない。

2011年11月 8日 (火)

樹木と大地の霊力を体内に招き入れる

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大樹に触りながら裸足で地面に立つと、体内に発生する毒気が体外へ放出されるという話がある。
体内の毒気とは、例えば、入れ歯、金冠歯などによる摩擦で口内に発生する“体毒エネルギー”のことで、それが地面と大樹という“大自然”のエネルギーの力で体外へ排出(大地や大樹が吸収)してくれるそうだ。

昔から、大樹には木霊が宿るとされている。神社の大木はご神木とされ、しめ縄などが張られたのをよく目にする。昔の人は経験から、大樹の持つたくましい生命エネルギーを感じ取り、敬ってきたのであろう。
古来、大地にも霊がいるとされる。相撲取りが四股を踏むのは霊を鎮めるためともいわれる。

大樹や大地に直接、触れると、たいへんに気持ちがよくなるものだ。心も安定する。
それらの霊力が体内に入ってくるような感じがする。
“現代科学による体毒”をそれが消してくれるなど、我が免疫力が高まってくるようなのはナットクできる。

原始古代、人間の祖先、類人猿のころは森に棲んでいた.時に木に触るどころか、しょっちゅう触り、いや、樹木そのものをねぐらとしていたのである。
森から出て、二本足歩行になってからも、ずっと人間は森の暮しを続けて来た。
山岳国家・日本の森は山とほとんど同義語といってよい。森・山は霊など目に見えないものばかりか、物質的な恵み、さまざまな「山の幸」を産し、清らかな水を生み出す“命の母”でもある。
人々が山・森に感謝し,森を敬い、畏れ、親しんだのは当然であった。

筋トレをすべく森へ入り、大樹に触り、あるいはぶら下がり、大空を眺め、四股で大地を踏みしめ、大自然の霊に感謝する。
我が心身健康法の一である。
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2011年10月17日 (月)

放射能に負けない体(免疫力強化)を作る…木にぶら下がる…“原始人健康法”2

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木に触る、木にぶら下がる
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放射能に負けない体を作るということは、結局、免疫力を高めて放射能の害を無くする(少なくする)、さらには、放射能の害によって病気になったとしても、それを自分で克服する力、自然治癒力を強化することに尽きるであろう。
 
その一番のやり方は、「自然に親しむこと」であるまいか。
自然に親しめば、なんとも心がやわらいでくる。心が癒される。そして、生きる力が湧いてくる。
多くの病気はストレスから生じるといわれるだけに、その解消が、病気を克服する力となるのはいうまでもない。
さらには、人間も自然界の一部であり、人間の祖先が森という大自然の中から生まれてきたのであり、「自然に親しむ」ことは、人間を命のスタート地点に立ち返らせ、生きる力を与えてくれるのであろう。

花を見る。大空を見る。月を眺める。せせらぎを楽しむ。森に遊ぶ。……
自然に親しむ方法はゴマンとある。
そんななかで、手軽にやれて、しかも筋トレにもなるのが、樹木の枝にぶら下がる方法だ。

手頃な木の枝を選んで、まずは両手でぶら下がってみる。次いで、片手でぶら下がる。
このぶら下がりで、腕や肩が鍛えられる。握力も鍛えられる。
姿勢も矯正される。
握力は、そのひとの総合体力を表す指標でもあるという。握力が衰えると生命力も衰える。握力を強めれば、生命力も強くなる。
正姿勢は、血液の循環をよくするという点で、健康づくりの基本でもある。

人類の祖先が森で生活をしていた頃は、猿たちのように、片手で木にぶら下がって樹上を移動していたであろう。木枝にしばしぶら下がると、気分がよくなるのは、DNAのなせるわざでもあろう。
公園などで、探してみると、ぶら下がりに手頃な樹木が見つかるものだ。

鉄棒ぶら下がり(懸垂)を以前にやったこともあったが、生の木のほうがはるかに気分がよい。
快適な気分を楽しみ、筋肉を鍛え、血流をよくする。
これぞ、免疫力強化の一法。一番の放射能対策ではあるまいか。

2011年10月11日 (火)

動画で、体勢,姿勢をチェック

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クサギの丸い実が赤い外皮と対照的で、秋を美しく彩っている。色の対照美もさることながら、小坊主が外界へ元気に飛び出そうというイメージで、眺めていると楽しくなってくる。10月8日撮影。松戸市大谷口にて。
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10月に入って、デジカメとPCを新調した。
デジカメはキャノンPowerShot SX120、PCはマックブックプロだ。
Sx120はメモリーがSDHCカードで、これだと大容量のものが使える。とりあえず4Gのを使うことにしたが、画質を一段階落としただけで動画で1時間半も写せる。

それまでのデジカメ(PowerShot A610)はSDカードで、動画だと10分ぐらいしか写せなかった。もちろんカードを入れ替えればいいのだが、いちいち面倒だ。
6年も使い続けてだいぶガタがきていたこともあり、そろそろ買いたいと探しており、たまたま通りすがりの電器屋で特売しているのを見つけて購入した。
バッテリーは前機種と同じ単三電池だが、半分の2本でいいし、光学ズームも10倍だから、野鳥などを撮るのにもよさそうだ。

この新デジカメで一番の使い道は、長時間動画機能を活用して、早朝エクササイズでの「我が体勢の矯正」である。
健康づくりには「正姿勢」の保持というのが大事で、その正姿勢も自分ではやってるつもりでも実際にはやれてない場合が多い。それを気づくには客観的に自分を眺めるしかないわけだが、それが普通ではなかなかやれない。
デジカメで自分を写す、それも連続的に写してみると、自分というものの外観を客観的にとらえることができる。

過日、さっそくいくつか撮ってみた。
○四股踏み30回
○木刀素振り30回
○木刀大上段振りかぶりで前進大股ウォーク20歩ぐらい
○同じく後退大股ウォーク20歩ぐらい
○大股横歩き・左右回転(ダンス・ワルツの基本ステップ)20歩ぐらい

その動画をチェックしてみた。
そしたら、まともなのは四股踏みだけであった。
これはプロ並みと言ってもいいくらいと自賛する出来映えで、姿勢も乱れず、着地も正確であった。

ところが、その他はどうもイマイチ、いやイマニ,イマサンであった。
木刀の素振りでも問題は姿勢で、どうもよくない。胸の張り方が足りない。とくに肩の姿勢がよくない。猫背というほどではないが、やや丸まっている。

ほんとは丸まっているのではなく、胸板が厚く、肩幅が広く、首が短く、いわゆるずんぐりむっくりのタイプなので、肩が丸まったように見えるのであるが。
体操の選手や相撲取りに近い。
剣道の選手やダンサーのようなスマートさには大いに欠ける体形・体勢だ。
ただ、その体形は自分で分かっており、「正姿勢」を保持すべく、矯正を日頃から意識して、やっているつもりであったが、意に反してやれてないのであった。

素振りで、木刀を振りかぶってその先端を尻に着けるのでも、頭上にあげた両腕は耳よりもいくらか後方に来ておらねばならないのに、耳の辺りか、あるいはやや前にとどまり、手首を曲げて木刀の先端を尻に着けている。だから、小さな振りかぶりとなっている。
そんな“背中丸まり”という欠点は、木刀振りかぶりでの前進後退ウォークやダンスワルツの基本ステップにもみられる。

これは大きな発見であった。
デジカメで動画を撮ったからこそ、そんな欠点が分かったのである。
いろいろ直そうとしても、長年ついている癖はそう簡単には直らない。
とりあえずは、せめて「肩の姿勢」を正すべく、「胸を張り」「首を伸ばし」「肩を下げ」「肩の力を抜く」というのを常に保持してエクササイズをやろうと思い、鋭意実行に入っている。

効果が出るには最低で3ヶ月はかかるであろう。
年末年始の動画チェックがたのしみである。

2011年10月10日 (月)

放射能に負けない体をつくる…「自然に親しむ」…原始人健康法

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夏は過ぎたが、夕暮れ迫る中で、朝顔の仲間で“夏の花”ルコウソウが元気に赤い花を咲かせていた。気温低下という“環境の悪化”にもめげず、己の使命を全うすべく、たくましい力を発揮している。免疫力が強いのであろう。2011年10月8日、新松戸にて。
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新聞報道によると、我が居住地である千葉県北西部(柏,松戸など)の放射能(放射線量)・セシウム134,137の土壌沈着量がとくに高いことが分かった。これまでも“ホットスポット”であるといわれていたが、測定結果がそれを裏付けたという。
なんでも、福島県の比較的汚染が少ない地域に匹敵するというのである。
福島原発でばらまかれた放射能が雲に乗って流れ、その濃いのが当地に雨となって降り注ぎ、地面に沈着しているらしい。

当地の畑や田んぼ、森の木々、雑草、その地面なんかにはたくさん放射能がたまっているのである。
小生なんかは、連日,森へ行き、木々に触り、地面を裸足で動き回っているから、手先や足の裏などから相当、放射能を吸収しているであろう。
呼吸、とくに深呼吸を繰り返しているから、鼻や皮膚からもずいぶんと放射能を体内に入れていると思われる。
放射能が体内に入ると「がんになる確率が高まる」そうだから、我が早朝エクササイズは、ある意味でがん発症に近づくものであるといえるであろう。
しかし、それはあくまでも「がん発症率がいくらか高まる」ていどであって、必ず「がんになる」というのではない。

「がんの発症を防ぐ」いちばんの方法は、免疫力を強化することに尽きる。というのも、がん細胞は毎日いくばくか出来ていて、それを体内の免疫細胞がやっつけているので、発症が抑えられているという。その抑える力、つまり免疫細胞の力が衰えると、がん細胞が増殖して、ついには発症してしまうというわけだからだ。
老化による体力の衰えは免疫細胞の衰えに直結する。年齢を重ねるとがんになるのが増えるのは、そのためだ。

免疫力を強化するにはどうしたらいいか。
もちろん、その道は、一つではない。それに、ひとにより、やり方はさまざまであろう。あるひとに悪いとされても、他の人にはいい場合もあろう。

喫煙がそうだ。健康に悪いものの代表だが、よい面もないわけではない。喫煙によるストレス解消。ニコチンの弊害よりも、ストレス解消のほうが健康保持に役立っているというひとが、なかにはいる。私の友人にもそういうのが複数いる。
喫煙に固執するひとのかなりの割合が、それを信じているのではあるまいか。
作曲家の高木東六さん。このひともそうであったようだ。先年、亡くなられたが、102歳の長寿を果たした。このひとは愛煙家として知られていた。一日に40本も飲んでいたという。しかし、ぼけもせず、がんにもならず(いくらかはなっていたのかもしれないが)、天寿を全うした。喫煙によるストレス解消で免疫細胞が強力に働きつづけられたのであろう。

高木氏の喫煙のような特殊な事例は別として、だれにでも有効な健康法であると認められているのが、「自然に親しむこと」であろう。

     自然に親しむと生きる力がわいてくる
森の中で、新鮮な空気を吸い、体を適度に動かす。すると、森林や樹木に内包されている生命力が、我が体全体を覆い、神秘のエネルギーを注入してくれる。我が体は心底から元気力が湧いてくる、そういう気にさせられる。
そのとき、免疫力を計れば、おそらくその力は高まっていると思われる。

これは毎朝の自分の実体験であるが、おそらくだれでもそうであろう。
なぜなら、人はもともと森に棲んでいた。原始古代、人間の祖先、類人猿のころは森のなかで樹林をねぐらとしていた。森から出て、二本足歩行になったけれども、その後もずっと、人類は、空気・水から燃料、棲家、食べ物に至るまで“森林資源”に頼っていた。
森のエネルギーを生きる糧としていた。いや、森の恵みによって生かされていた。
森の中に行くと、生き返る思いがし、元気力が湧いてくるのは、途方もなく長い年月、ひとは森によって生かされてきたから、それが体に染み付いているからであろう。

だから、森の中で放射能に汚染されることの害よりも、その害を駆逐するメリットのほうがはるかに大きいと思う。
放射能が付いているから、落ち葉に触れない、樹木にもさわらない、森へも行かないというよりも、積極的に森にいって、樹木にさわるほうが「がん」にはならないはずだと私は信じて疑わない。

2011年9月26日 (月)

“急冷”に適応して早朝筋トレを続ける

ここんところ、“寒冷”天候が続いている.「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので、それまでの“猛暑・真夏日”はうそのように去り、急に冷え込んで9月の気候どころか10月中旬のそれであるらしい。

実は昨日も朝5時に起床して室温の冷えを感じたが、薄着のままに麦茶などを飲み、いつものように6時に筋トレへとスタートした。まず階段を6階から1階まで降りるのだが、そのとき左腰・股関節のところをちょっと捻った感じとなり、さらにその後、隣りの小公園で逆立ちや木枝ぶら下がり、大股ストレッチなどをやったら、痛みがさらに増したのだった。
どうやら、体が寒冷に慣れないのに、急に筋肉運動をしたので,筋か筋肉かが引きつったようになったのであるらしい。
無理をしてはいけないと、いつも思っているのに、ついつい油断をしたのだ。
しかし、それほどでもなく、休んだあと動き出すと痛みは出るが、動き続けると、痛みを忘れてしまうので、大事をとることもせず(もちろん、痛み止めなんかは貼らない)、そのまま筋トレメニューをこなした。
午後は都内へ行き、用事を済ませた後、向島百花園を散策するなどし、いろいろ歩き回った。歩数は1万4千歩を超えたが、今朝は後遺症もなく、もとに戻った。

しかし、早朝筋トレ時の服装は、昨日までは真夏のままの「半袖・半ズボン・裸足」であったが、ついに今朝は、ズボンだけ「長ズボン」にした。
上半身も半袖シャツでなく、長袖にしたほうがいいかもしれない。
ただし、履物はまだまだ素足にぞうり(鼻緒型サンダル)を継続実行するつもりだ。

昨日は、急冷で蚊はすっかり消えたのだったが、今朝は一匹ぶ〜んと襲ってきた。寒さに慣れて生きながらえたのがいるらしい。蚊のなかにも気温の変化という環境に適応したのが出たのである。
当方も負けじと環境に適応して丈夫に生きながらえなければならない。
蚊に学ぶ。
そう思いつつ、寒冷風を切って、木刀を振り続けたのであった.

2011年8月18日 (木)

猛暑でも楽しい「早朝筋トレ」…心身の健康づくりに効果抜群

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連日朝から30℃を超える猛暑だ。昼下がり、室温は35℃以上にもなる。
だが、筋トレのおかげで暑さに強くなり(冬の寒さにも),大炎暑も我が身にあまり堪えない.

余談だが、パソコンはそうはいかない。暑い室温だと不調になってしまうので、気温が31℃以上になるとやむなくエアコンを入れることにしている。それも設定は29℃だ。
いつもは小さな扇風機をパソコンに向けて冷やし続けていて、そのおこぼれをわが身も得て、それでじゅうぶんしのげている。
パソコンはともかく、炎暑でも体調良好なのは筋トレの効果にほかならない。

毎朝のウォーキング、筋トレ、ストレッチを変わらずに続けている。
5時起床、6時出発、7時過ぎ帰宅。およそ70分の朝練だ。
起きてから出発までの1時間に水(麦茶)500ccと塩少々、飴玉2個を胃袋に入れる。食事はしない。
出発時は、木刀と飲料(麦茶400cc)、タオル、カメラ、傘、風呂敷など雑小物を入れたバッグを持って、帽子を被りサングラスをして外へ。
かっこうは、半袖シャツ、短パン、鼻緒サンダルだ。

マンションの階段を6階から1階へと歩いて降りて外へ出、直ぐ近くの小公園へと階段をいくらか上る。そこが、我が筋トレ第一会場だ。

軽くストレッチをした後、逆立ち30〜40秒、ケヤキの大木に向かって鉄砲30回、拳突き30回、木枝にぶら下がって両脚の前上げ,後ろ上げを各10回、指立て腕立て伏せを20回、そして、再び軽くストレッチをやった後、階段を下りて、道路へ出、ウォーキングを開始する。

木刀と小荷物を両手に持って、大股・早足・正姿勢でリズミカルに歩く。
先日のテレビで、ピンクレディのミーちゃんが「大股・早足・正姿勢でリズミカルに」歩いていた。ジムに行くなどかくべつの筋トレはやらないが、下半身は筋肉の多い体になっていることが検診で確かめられていた.彼女の活力の源は、その歩き方にあるとのことだった。
我が歩き方の「大股・早足・正姿勢でリズミカルに」が健康づくりに効果的であることが確かめられて、我が意を得たりと心の中で喝采した。

空を見たり,花を見たり、蝉の声を聞いたり、両手の木刀と小荷物は適宜持ち替える。
10分ほどで歴史公園へ。ここではあちこちにある階段200段ほどを上り下りしてから園内の奥にある森の小広場に着く。ここが、我が筋トレの第二会場である。
ベンチに荷物をおろし、サンダルを脱ぎ、裸足となり、木刀を取り出して、いよいよ筋トレの開始だ。

木刀を持ってストレッチの後、桜木に向かって素振り、木刀を前額や後頭部に当てながらのスクワット、両手をコナラの木に置き、体を斜めにして体のひねり、カカトの上げ下げなど。
さらに、木刀の横素振り、斜め素振り、四股踏み、木刀を大きく振りかぶっての大股前進、後退ウォーク、大股での横ウォーク、回転しながらのウォークなどをやる。
ときどき、動きを止めて,深呼吸。さらに、ストレッチも行う.

止まると、蚊が大挙して刺してくる。半ズボンなので,向こうずね、ふくらはぎなどが刺されやすい。
対策は、蚊を手で叩いて殺すだけだ。手のひらが赤く染まることも少なくない.
予防薬、治療薬は一切使わない。
耐性ができたらしく、ほとんどかゆみも無いし、腫れもない。
しかし、血を吸われっぱなしというのは気分的にイヤなので叩きつぶすのである。

途中、水分を2、3回ほど補給する。
頃合いを見て、終了。
水道場に行き、まず足を洗って、付いた土を落とす。蚊に刺された跡もよく洗い、乾いたタオルで足を良く拭いてから、サンダルを履く。
そのタオルを水でよく洗い、アタマや顔、腕、胴体などをていねいに拭く。また、よく洗い、固く絞り、ポリ袋にしまう。
タオルを洗ったり、固く絞ったりするのを繰り返すが、これは、握力の筋トレでもある。

帰りのスタイルは来る時と違い、小荷物を木刀で吊るして、肩に掛けて歩く。肩、背骨の筋トレだ。
階段を下りたり、上ったり、来るとき同様、園内あちこちの階段を200段ほど歩いて園外へ出、道路を少し歩いてから、セミ時雨の市営緑地内の緑豊かな小径を通り、神社への上り坂へと出る。
その坂道約100mほどを木刀小荷物を肩にかけたままランニングする。途中の40mほどは全力ダッシュだ。

坂上の神社に拝礼し、下り坂へ。息が荒いが、歩いていると、やがて収まる。
すると、今度はお寺への上り坂にさしかかる。
ここでは歩きながら「般若心経」を唱える。出来るだけ、息継ぎを長くするよう心がける。お経を唱えるのは呼吸法のためで、信仰心というよりも、“健康心”からだ。
歩きは、「大股・早足・正姿勢で、リズミカルに」であるのは変わりなし.

再びスタート時に寄った自宅近くの小公園に着いて、しばらくストレッチ。公園を出て、マンションへ。階段を2段ずつ6階まで上り、帰宅。
たいてい7時過ぎだ。ミニチーズ1個を食べ、タンパク質の補給をする。

それから、ひげ剃りなど洗面をし、汗にまみれた全身を再び濡れタオルでていねいに拭き、着替えをしてから、体重計で、体重や体脂肪、筋肉量等を計り、7時半頃朝食をとりはじめる。
…というのが、我が早朝筋トレのスケジュールだ。

朝の清々しい自然美をたっぷり味わい、いい汗をかくので、心身にまことによいトレーニングとなっているようだ。
やっている途中も楽しくて、やり終わってからも楽しみ(心地よい疲労感)が保たれている。
その快適さが免疫力、回復力を高めて、猛暑もこたえない心身を作りあげているのであろう。


2011年8月 5日 (金)

体のバランスを保つために「臀筋」を鍛える・その2 白鵬に学ぶ

体のバランスを保つために「臀筋」を鍛える
これは、前回(その1)昨年12月29日に書いたので8ヶ月ぶりの続編だ。

「臀筋」とは骨盤や股関節周りの筋肉のこと。具体的には,尻・腰・太ももの筋肉で、主なものは、
・大臀筋(尻の裏側)、
・中臀筋(腰・股関節の両側面)、
・腸腰筋(股関節の前から太ももの前)、
・ハムストリングス(股関節の後ろから太ももの裏)
の4つだ。

臀筋は上体と下半身とをつなぐ大事な関節を支える筋肉であり、これが弱いと,腰が曲がったり,体のバランスがとれなかったり、正姿勢を保つことができなくなる。
もっと弱れば、歩くことさえできない。
人間の人間たるゆえんの「二本足歩行」が出来ず、やがては寝たきりとなり、生きていてもボケてしまい、「人間として生きている意識」すら失せてしまうことは必定.
そうならず、長命でなくとも死ぬまで達者で生きるには、二本足歩行・「正姿勢」を保つことが肝心で、そのためにも、臀筋を鍛えることが大事だ。

とくに日本人は欧米人と比べ、中臀筋が弱いといわれる。日本人は前後には強いが,横揺れには弱いという“特質”があるようだ。してみると、体のバランス力を保つのは、日本人は比較的苦手であるらしい。
だからこそ、意識して中臀筋を鍛える必要があろう。

私が今やっている臀筋鍛えの種目は、
◯四股踏み
◯スクワット
◯階段歩き
の3つだ.

以前は「サイド・レッグ・レイズ」もやっていた。
これは、横向きになり、片手片足を地面に付け、その反対側の手足を上下させる運動だ。かなりきつく、中殿筋を鍛えるのにたいへん効果的といわれるのもナットクだ。

それをしばらくやってみた。しかし、やってみて、こう判断した。
上掲3つをやった上に「サイド・レッグ・レイズ」をやったらやり過ぎで筋肉疲労を招き、かえってまずいのではないか。上記3つをしっかりやっておれば今の自分には十分ではないのか、それ以上やる必要もなかろうと。

「サイド・レッグ・レイズ」は確かに中臀筋を付けるのによいだろう。が、体を横にしてやるのであるから立ってのバランス力強化にはいくらか効果が落ちるのは否めないのではないか。
体のバランス力を強化しようとするのなら、やはり立ってやるものがいいのではないかと思えたのである.
それで、「サイド・レッグ・レイズ」を中止し、「四股踏み、スクワット、階段歩き」の3点セットで臀筋を鍛えているのである.

臀筋鍛えの3つの方法

・四股をじっくりしっかりと踏む

四股はかなり臀筋が鍛えられる運動だ。片足で立ち,反対側の足を高く上げて、しっかりと地に下ろす。足を替えて同じことをする。
バランスを保ち、腰、股関節、太もも、膝、そして足先まで、それらの部位に関係する筋肉が躍動する様子がはっきりと体感できる。
じっくりしっかり踏めば,相当筋肉が鍛えられ、バランス力が付くはずだ。
だから、じっくりしっかり踏むのである。
夏前はアンクルウエイトを足首に付けてやっていたが,今は暑いので外し、素足で土の上でやっている。

横綱白鵬は他の力士がマシーンを使った筋トレをやるなかで、いっさいマシーンは使わず、昔ながらの稽古(筋トレ)をやり続けているという.だから、体が柔らかくて足腰が強化され、バランス力が向上し、投げを食わないのだという。

「昔ながらの筋トレ」とは、四股踏み、鉄砲などだ。白鵬は他の力士の何倍もやっているらしい。
これらにより臀筋がたくましく鍛えられているから横に倒れず(転ばず),土俵際でもしっかり腰を下ろして寄るからうっちゃりや投げを食わない。
大横綱だった大鵬もずいぶんと四股を踏んだらしい。だから、抜群に強く、なかなか転ばなかった。それに白鵬は倣っているという。

それに引き換え今の力士たちは四股踏みも少ないという。そして、マシーンの筋トレに走っていると白鵬は著書(白鵬翔著「相撲よ!」)で述べている。
マシーンによる筋肉づくりは見た目は筋肉モリモリで強うそうだが,体が固くなり、ケガもしやすい。一気の力は出るが,粘り強さに欠ける。
柔軟性も劣り,バランス力もイマイチだ。
だから、すぐに倒れるのである。
…などと考えながら、白鵬に学んで、その勇姿を思い浮かべながら、毎朝しっかりと四股踏みをやり続けるのである。

余談だが,白鵬の体が柔らかいのは、父の指導によるもので、白鵬を父と同様にモンゴル相撲の横綱に仕立て上げる計画だったが、それには子どもの頃は、モンゴル相撲をやらずに他のスポーツをやったほうがいい、子どもの頃は相撲で鍛えられない筋肉を鍛えたほうがいいという考えで、白鵬はバスケットボールをやった、それで体が柔らかいのだという。
同じ筋肉を長く使い続ければ衰えて固くなるから、それを避けたのである。だから、体が柔らかいという。
一理あるのだが、しかし、イチローの例(子どもの頃から野球ばかりだったが、体が柔らかい)もあるから、別の要因もあるのだろう。

話を戻すと。

・スクワットは、木刀を前頭部に当てたり後頭部に当てたりしながらやっている。臀筋だけでなく首の強化トレーニングを併せている。
・階段歩きはウォーキングの行き帰りで、だいたい上下合わせて700段ぐらい歩く。上りは2段ずつで、これは臀筋全てのトレーニングになるが、とくにゆっくり階段を2段ずつ上るとき、片足1本で体を支えて上がらなければならず、身のバランスを保とうとするわけで、中臀筋がより鍛えられることが知れる。
階段を下る時は,太もも・腸腰筋とハムストリングスがたいへんよく動く。とくに腸腰筋の先のほうが膝小僧を取り巻いていて、それがよく動くことが体得できる。膝を守っている筋肉は,太もものそれなんだな、というのが分かるのである.

ほかに、
・早朝筋トレの帰り道、坂道100mぐらいのところをランニングし、さらにその途中40〜50mぐらいを全力ダッシュしている。
これはかなり太もも(腸腰筋、ハムストリングス)の鍛錬になっている感じだ。
もちろん、心肺機能の強化になるのはいうまでもmない。

以上の3つのトレーニングで、我が臀筋の鍛えは十分であると思う。アスリートでもないし、試合などでなにかをやろうというわけでもない。
健康生活を命有る限り続けるのが目的だから「適度(ほどほど)の筋トレ」をいかに継続するかだ。それにはなんといっても、ケガをしないこと、無理は禁物だ。
慎重に慎重に、「適度の鍛錬」を楽しむ。全力ダッシュでも転ばないよう、大いに気をつけてやっているのである。

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2011年7月30日 (土)

逆立ちの効用…ハッチョウトンボの猛暑対策

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上掲画像は、今年2011年6月29日付け北陸中日新聞に載った記事だ。赤いトンボが逆立ちをしている(石川県小松市)。ハッチョウトンボといい、体長わずか20ミリ、最小のトンボだが、夏の暑い日差しを受けるのが辛いのはひとと変わりはないと見えて、逆立ちをして,暑さをしのいでいるのだという。逆立ちをすると日の光熱を受ける面積が小さくなるからであるらしい。

ひとさまの逆立ちも“避暑”に役立つのであるが、その原理はハッチョウトンボのそれとは違う。逆立ちすれば日差しが少なくなるわけではない。むしろ、無理して逆さまになるから、体が熱せられて汗が出て、暑い。
しかし、その代わり、筋肉が鍛えられる。背筋が伸びるなど、姿勢も正される.
これがミトコンドリアを活性化させ、免疫力を増してくれる。
つまり、暑さに対する抵抗力を強化してくれるのである。

この夏、酷暑であったり、気温が下がったり、蒸し暑かったり、なんだか不順続きだが、かくべつ問題なく過ごせているのは、毎朝のトレーニングで、逆立ちをして筋肉を鍛え,姿勢を正しているからであろう。
内容は違うが、逆立ちは猛暑対策であることにハッチョウトンボと小生と変わりはないのである。


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2011年7月28日 (木)

「早朝木刀エクササイズ」3周年…その4 ウォーキングが楽しいわけ 

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コルクサンダル・“変形鼻緒”タイプ 「ベチュラ」

7月3日に都内へ出かけたおり、サンダルを買った。上掲画像がそれだ。
ごらんのように鼻緒タイプといえるが、下駄や草履のようなそれとはやや違っている。“変形鼻緒”タイプとするゆえんだ。
底(足敷)も平面的ではなく、コルク製の底(足裏が当たるところ)が凸凹していてフィットするようになっている。
「フットベッド」というらしい。
凸凹だが固くはなく柔軟なので、実に足にぴったりする。
鼻緒は革紐が交差して作られていて、歩くと、親指に革紐が食い込むというか、締まってくる。それでまことに歩きやすい。
なんと歩きやすいのかと思う。

子どもの頃、よく草履や下駄を履いていた.高校や大学時代でもそうであった。
そのせいか、足の親指と第2指の間が広がっていて,足指も幅広だ。靴も4Eで、それでも靴やサンダルでは小指が痛いときが多くある.
その点、鼻緒タイプのサンダルは草履や下駄同様、小指を締め付けるようなことをせず、解放するので、歩くのが楽なのであろう.

宣伝文句に「コルクは、弾力性にすぐれ、汗を吸収し、その殺菌作用があるなど、サンダルとしての履き心地の良さと機能性に富む」とあったが、園通りのようだ.殺菌作用はともかく、弾力性に富むから履き心地が良いのであろう。
ただ、あまりにも足裏にぴったりし、それで砂利なんかが入ると、草履や下駄などと違って、なかなか出て行かない。それが困るぐらいだ。

歩くのが好きだが,このコルクサンダルを履いたら、なおさら歩くのが好きになった.
朝の筋トレウォーキング時はもちろん、今や、夕方の買い物などで外出する時も、このサンダルを履いて行くほどである。

そのサンダルのメーカー・ビルケンシュトック(ドイツ)の歴史は18世紀の後半にさかのぼるらしい。
創始者ヨハネス・アダム・ビルケンシュトックが生まれたのは1754年で、日本では宝暦4年、将軍は吉宗の次の家重の時代だ。
その20年後の1774年(安永3年、隅田川に吾妻橋架橋)に、コンラッド・ビルケンシュトックが足裏の凸凹に合わせた中敷の第一号を考案した。 教会記録簿に「巨王の靴職人」として記録がされているとか。そして、1896年にフランクフルトで2軒の靴屋を開店し、1902年、柔軟な材質で凸凹のあるアーチサポートを開発、本格的に中敷の生産を開始したという。
そのフットベッドを使用したサンダルの開発は1954年・昭和29年だそうだ。
以上は、ネットで「ビルケンシュトック」で検索しいくつかを見て得た情報の概要だ。

そういうふうに、このコルクサンダルはフットベッドでは長い歴史を有するのである。歩きやすいのも当然であるようだ。
おかげで、我がウォーキングはたいへんに楽しく、その効果は大いに上がっている。
認知症予防に唯一医学的に認められているのがウォーキングとか。それで、将来、認知症になる恐れはあまり無いと自分では楽観している。

ちなみに、我が歩行スピードは、最速で時速6・4km、普通は5・4km(ケータイの歩数計による)
※以下はウォーキングの関連情報
信号機は、歩行「分速60m」を想定(時速 3.6キロ)

ウォーキング初期人類
※記事
初期人類、足に土踏まず…地上生活への移行示す
【ワシントン=山田哲朗】370万~290万年前にいた初期人類アウストラロピテクス・アファレンシス(アファール猿人)は、アーチ形で土踏まずがある現代人と似た足を持っていたとする研究結果を米ミズーリ大の研究者らがまとめ、10日発行の米科学誌サイエンスに発表した。
人類は約300万年前には樹上生活を捨て、地上生活に移行していたことを示している。
アファール猿人は、1974年にエチオピアで見つかった推定身長110センチ・メートルの女性「ルーシー」の化石で知られる。直立二足歩行をしていたと考えられていたが、カギとなる足の指の骨が見つかっておらず、木に登ることもあったか議論が続いていた。
研究チームは、エチオピアで新たに発掘された約320万年前のアファール猿人の足の甲の骨(中足骨)を分析。現生人類の足と同様に足の裏がアーチ状になり、歩行時に地面をけったり衝撃を吸収したりできたと確認した。二足歩行が完成し、地上生活に完全に適応していたことになる。
(2011年2月12日03時02分 読売新聞)

2011年7月26日 (火)

平成23年夏「メタボ健診」結果 その3…「プチ断食」を止めたわけ

Siko110717
朝日を浴びての四股踏みは、まことに楽しい

「プチ断食」をこのほど止めることにした.
理由は「低栄養」が懸念されるからだ.

「空腹での運動」「週1、2回のプチ断食」というのが健康に良いといわれるので、試しにやってみた。午後にすこし遠くへ出かけるときや、ちょっとまとまった運動をするときなど、昼飯を抜くのである。
プチ断食というよりも、一食抜くていどで、断食というほどではないのだが、それでも3食をきちっと食べている身にとって(おやつなど間食はまずとらない)、食事を1回抜くのは異例であり、断食の範疇に入るといっていい。
3月下旬からやり始め,7月上旬までやってみた。
なかなかよろしく、体も調子がいい。空腹ではあるが、体を動かすのにほとんど苦にはならない.

昼食をとらないと時間が浮くし、歯を磨かなくていいし、よいことづくめのようだ。
しかし、健診を受けて、ちょっと気が変わった。
なぜなら、血液がますます薄くなり(赤血球の減少)、脂肪も減ってきたからで、これでは下手すると、近い将来「低栄養」になってしまうのではないかと懸念されるのである。
今のところ、体調はいいし、数値も、そんな懸念は不必要な身体状況ではあるが。

しかし、前回も書いたように、
赤血球が424→412→403
ヘモグロビンが13.7→13.1→12.6
中性脂肪が28→41→36
と健診値は毎回のように漸減し続けている。

健診値ではないが、毎朝の体重測定の際に数値が出る体脂肪は、今や12%台で、内臓脂肪はレベル6や7という低い数値(「普通」はレベル9以上)が出ている。これは将来の「低栄養」こそ用心せねばならないことではあるまいか。

赤血球、ヘモグロビンは酸素を運ぶ役割を持ち、たいへん大事なものだし、脂肪も多過ぎるのはよくないが、あるていどは必要であることはいうまでもない。
「過ぎたるはおよばざるがごとし」というのは、「およばざるは、過ぎたるがごとし」なのである。

赤血球の増加、脂肪の増加を図るには、食事を改善するしかない。
赤血球・ヘモグロビンはすなわち鉄分といいかえてもよい。鉄分は1回の食事での摂取量が一定のところで止まってしまい,たくさん食べてもそんなに多く吸収されないという。だから、朝昼晩、3回の食事で一定の量を平均的に摂るようにする、そして、その際、鉄の吸収を阻害するものを摂らないようにすることが肝心のようだ。

プチ断食で食事を抜くと、それだけ鉄分を摂取する機会が失われる。鉄分摂取量が減ってしまう.
それではよくない。
だから、プチ断食を止めることにしたのである.

週に1、2回、「運動をするとき、昼飯を抜く」という「プチ断食&運動」は止めたけれども、「空腹で運動をする」という「健康長寿遺伝子を活性化させる」方法は,とり続けている.
早朝、食事をとらずに筋トレをするという「早朝木刀エクササイズ」のことである。

朝4時に目覚め、5時に起床、6時に外出。ウォーキング、筋トレ、ストレッチ、ランニング、ウォーキングを計1時間。
それをずっと続けて、4年目に入っている.
朝食はだいたい7時半頃で、それまで、起きてから2時間半の間、摂るのは飴玉一つとお茶(抹茶、昆布茶、麦茶など)だけである。
まさに「空腹で運動」をやっているのである。

週1、2回、あえて昼飯一食を抜くことをしなくても、これでじゅうぶんではないのかと思うようにもなったのである。

ともかくも、暑さは戻ったが,体調は好調さを維持し続けている。今やっている「食事と運動、休養」に配慮した生活を維持し、今年の夏も元気で乗り切りたいものである。

2011年7月17日 (日)

平成23年夏、「メタボ健診」結果…その2 鉄分を補うために

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朝日を浴びながらの木刀素振りは、まことに気分がいい。2011.7.17

過日のメタボ健診の結果、赤血球のヘモグロビン、つまり鉄分が足りない、それも前回よりも不足分が増えたので、もっと鉄分補給を心がけることにした.
といっても、安易に薬やサプリメントなどに頼るのは避けて、日常の食事で補おうというのである。

それで、鉄分の多い食べ物で、日頃入手しやすいのを探すと、
レバー、赤みの肉、卵、シジミ、アサリ、煮干、イワシ、鰻、納豆、大豆などの豆類、小松菜、キクラゲ、昆布、ゴマ、カシューナッツ、抹茶(粉)
などで、それらを積極的にとることにした。
といっても、そういう食事はこれまでも心がけており、改めて再確認をしたのだが。

それとともに大事なことは、鉄分の吸収を阻害する飲食を避けるということだ。
お茶はタンニンが鉄分と結びつくので鉄は吸収されにくいといわれているから、食後のお茶はほとんど飲まないで来た。代わりにコーヒー党になったのだが、調べると、そのコーヒーもタンニンがあってよくないのだという。うかつであった。

これまで、食後すぐに熱いコーヒーを2杯飲むのが習慣となっていたが、さっそくそれを止めた.代わりに、ハチミツをお湯で溶かしたのとか、昆布茶を飲むことにした。
お茶でも抹茶(粉)は鉄分を多く含むという。で、食間に抹茶を飲むことにした.コーヒーも食間に飲む.

玄米やライ麦パンにはフィチン酸というのがあって、これも鉄の吸収を妨げるという。食物繊維もそうであるらしい。
電気圧力釜をもっていて、ときどき玄米メシを炊いて食べていたが、それも控えたほうがよさそうだ。野菜が好きで、野菜とくに緑黄色野菜をよくたべているのだが、食物繊維の関係から、これも食べ過ぎないようにしようと思う。

鉄分はいっぺんにたくさんとっても吸収されないらしい。で、毎回の食事であれこれをこまめにとることが肝要のようだ。
それと、鉄分を含有している食品でも、動物性食品は吸収されやすいが、植物性は吸収率が少ないという。動物性をより多くとるように心がけたい。

タンパク質やビタミンCは鉄の吸収を助けるという。鉄分の多い食品と、タンパク質、ビタミンCの多い食品を組み合わせて食べることが肝要だ。
さっそく実行。

以上を1年続けて、来年の7月の健診でどんな結果が出るか、楽しみだ.
(続く)

※参考ネット http://www.eiyoukeisan.com

2011年7月16日 (土)

平成23年夏、「メタボ健診」結果…その1 鉄分が足りない

去る7月8日に市の健診を受けた(近所の医院にて)。いわゆるメタボ健診である。その結果を、昨日午後、聞いてきた。
前回は2年4ヶ月前の平成21年3月に受診したのだが、そのときと結果はほとんど同じであった。
およそ次の通り。
      2009年3月 2011年7月  基準値
血圧     134-82 126-72 129以下-84以下
タンパク    +- -
糖 - -
赤血球 412 403     男438-577
ヘモグロビン 13.1 12.6 男13.6-18.3
ヘマトクリット 39.4 38.6 男40.4-51.9
ast (GOT 20 18 10-40
alt (GPT 13 19 5-45
γ-gtp 20 18 50以下
LDL 75 79      119以下
HDL 76 77      40以上
中性脂肪 41 36      空腹時50-149
尿酸 4.8 5.4      7未満
クレアチニン 0.7 0.9      0.7-1.1
空腹時血糖 89 95 空腹時51-99
HBA1C 4.9 5.0 4.3-5.8
体重 59 55
BMI 22.8 20.8 正常18.5-24.1
腹回り 80 78.5 男85未満

以上のように、メタボとほど遠い数値が並んでいるのだが、問題は血液と中性脂肪で、それが「足りない」のである。
血液は鉄分不足だ。
赤血球は前回の412からさらに減少、403となった。男性の正常値は438−577で、だいぶ足りない。
ヘモグロビンやヘマトクリットも同様で前回よりもさらに減少し、正常最低値を下回っている。
血が薄いのだ。貧血(気味)というのであろう。

これは多分に遺伝的なもので、日頃、せっせと鉄分の多いというレバーや肉、魚、ホウレンソウ、大豆などを食べているが、いっこうに改善されないのである。
数字的には貧血とまでいかなくて、貧血気味というべきなのであろうが、では不都合な症状が出ているかといえば、それが全然出てないのである.

貧血だと、
動悸、息切れがする
疲れやすい
体がだるい
顔色が悪い
頭痛、頭重感
まぶたの裏が白い
口内炎が出来る
などの症状が出るという。が、小生には全然その症状はない。
まったくひとつもないといっていいのである。
バテないし、動き回っても疲れないし、少し疲れてもすぐに回復するのである。

ただ、気候が寒くなると、指先が冷たくなりがちなところがある。
では、冷え性かというと、まったくそうではない。指先は冷たいけれど、体は温かいのである。
冬でも、体が冷えて眠れないということはまずない。
寒さにも強い。冬でも薄着のほうで、かなり寒くても、さほど暖房は必要としないし、それで体が変調を来すことはない。
風邪もひかない。
赤血球、鉄分不足という我が「血液」問題は、医学的な数値通りではないのではないかと思う。

ただ、寝ていて急に起き上がったりすると、ときに立ちくらみ、いくらか目の前が少し暗くなるということがある。すぐに治るのであるが。これは貧血気味のゆえであろう。
重大な事故の引き金にならないとも限らない。
だから、これを機に日頃からせっせと鉄分の多いものを食べるように心がけて、貧血克服に努めることにしようと思うのである。
             (続く)

※参考までに、前回健診のことを書いたのを、以下に再掲する。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2009年3月20日の記事

メタボ検診の結果…平成20年度(平成21年3月)データ

最新の検診結果が出た。
去る3月13日に受診した我が体の諸データだ。
貧血気味
前回(2年前の3月)とほとんど変わらないが、いくぶん悪化したのは「血液」の状態で、赤血球やヘマトクリット値がいくらか足りない、つまり貧血気味ということだ。
これは今さら始まったことでなく、ずっと昔からの傾向。体質によるもので、日頃、せっせとレバーやほうれん草、赤みの肉などを食べているのだけれど、改善されない。

貧血気味といっても、かくべつ、生活に支障をきたすわけではない。ときに指先が冷たくなったりするぐらいで、冷え性でもないし(寝床に湯たんぽなど暖房具を入れたこと無し)、寒冷にも強い。寒中でも朝の水浴びを続けたぐらいである(四季を通じて朝の水浴びを20数年間続けている)。
それに血が薄いのは、血液がさらさらということで、濃いのよりもよいという意見もある。

遺伝的体質
生活習慣、食事習慣が悪いから、貧血気味なのではなく、体質からくるもので、とくに生活上の異常はないのだから、あまり神経質になる必要はないと思っている。
しかし、これからさらに歳取るにつれ、食べ物による鉄分吸収の度合いは減るだろうから、努めて鉄分をとるように心がけようと思う(安易に鉄分の吸収ができる薬やサプリメントの服用はやらない。もっとひどくなり、具合が悪くなったら考えるが)。

酒を飲み続けても、肝機能は良好
アルコールは、依然として日本酒換算で3合以上を毎日晩酌している。昨年春に10日余り禁酒を試みたことがあったが、それ以外まったく休肝日なしでやってきている。にもかかわらず肝機能数値は絶好調だ。

γーGTPは20、ASTは20、ALTは13であった。
このごろの晩酌は、だいたい食事前にビールを缶2つぐらい飲み、食事中に日本酒を2合ほど、さらにウイスキーや焼酎をダブルで2、3杯飲む(お湯割り)のが常。
これを何十年も続けている。
ウイスキーや焼酎といってもそのまま飲むのはあまりなく、たいていクコ酒にしたのを飲んでいる(ウイスキーにクコの実を入れて1年以上寝かしたクコ酒をいくつも造り置きしている)。
紹興酒やワインもたまに飲むが、いちばん好きなのはビールと日本酒の純米酒で、これがメインだ。

3合以上を毎日飲み続けると、アルコール肝炎などになるとかいわれ、γーGTPも三桁になるのがふつうだという。しかし、当方は三桁どころか20という正常値だ。
ここ10年の推移をみても、一番高かったのが平成18年の38、一番低かったのが平成12年の18で、それ以前は平成10年が13、同11年が15であった。
これも要するに遺伝的体質で、肝臓がアルコールに強いのであろう。
さらに美味しく楽しく飲み、日頃から早朝木刀エクササイズで心身を鍛え、日常的にもよく歩くから、内臓に異常は出ないのであるらしい。

善玉HDLは76、悪玉LDLは75で、ベスト数値。
中性脂肪は41であった。これは前回(2年前)が28だったからいくぶん改善されたが、基準値の50〜149までまだ及ばない。血液中の脂肪が足りないのである。
多くの人が脂肪が多くて困っているようだが、当方は足りないのである。

前回、医者にもっと油物をとったほうがいいといわれ、そうでなくても好物のカツ丼やトンカツ、レバー、ヤキトリ、ほうれん草などをよく食べているのだけど、なかなか効果が出ないのである。
これも体質であろう(脂回収業者のHDLの働きが活発で、直ちに出動、回収してしまうようだ)。

その他、尿酸4.8、クレアチニン0.7、空腹時血糖値89、ALB4.1などいずれもまったく問題無しの数値が並んだ。

メタボではまったくなし
BMIは22の適正値で、何年間も変わり無し。体重は二十歳頃と同じである。
へそのところの腹回りも80で、指標値の「85以下」であった。
いわゆるメタボではまったくないのである。

悪い点もいくつかある。
今年から「潜血」の検査はなくなった。これが前回は「+ー」だった。
そして、今年の尿たんばくは「+ー」だった。
クレアチニン、アルブミンは正常値であったものの、腎臓系が弱いという遺伝的体質があり、そのへんを留意すべきであろう。

肝機能が強いからといって、調子に乗って大酒を飲み続けていると、腎臓に障害が出るやも知れぬ。今後はいちだんと留意すべきであろう。
酒は、ビールはともかく、日本酒は1合ぐらいにしたいと思っている。そして、できれば休肝日(週に1、2日)を設けたいと思う。

しかし、宝井其角のように、大酒を飲み続けると、早死にするけれど(其角は47歳で没)、福澤諭吉のように大酒を飲んでいたのが、禁酒をするとストレスが溜って、これまたいくら早朝散歩など養生をしてもだめ、かえって長生きができない(諭吉は67歳没)。
要は酒はほどほどに、そして、遺伝的体質を考慮に入れて、あまり神経質にならずに楽しめばよいのであろう。

現に、体調は非常に良い。かなり動いても、あんまりばてない。スタミナは人並み以上にあるようだ。
風邪もほとんど引かない。薬や栄養剤はまったく飲んでいない(前述のように、百薬の長は欠かさないのだが)。

先頃の神奈川・大山1251m登山(単独行)でも、ケーブルカーを使わず、ふもと(バス停終点・標高350mぐらいのところ)から休憩無しで歩き続けて2時間ほどで上まで登り、山頂で少し休憩したが、下りも休憩無しであった。
その後、筋肉痛など疲れはとくに出なかった。

これまでのように、日頃は「早朝木刀エクササイズ」や、出来るだけ歩くことなどでストレス解消につとめ、楽天的に前向きに生きるよう心がけようと改めて思ったのである。

2011年7月11日 (月)

「早朝木刀エクササイズ」3周年…その3 あらたふ朝の光をあびて

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あらたふ陽光が樹樹の間から差し込んでくる。その光景を楽しく愛でながら木刀筋トレに励む。歴史公園で。「あらたふ」とは、「ああ、尊い」の意。芭蕉が「奥の細道」日光で
あらたふと青葉若葉の日の光
と詠んだ。画像は2011.7.11朝。大谷口歴史公園にて

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放射能に汚染されているであろう樹皮や枝葉もなんのその、素手で木にぶら下がり、足上げをやり、鉄砲、拳突きを繰り返す.深呼吸を大いにやって放射能を吸い込むが、我が免疫力で直ちに排出しているはずである。画像は2011.7.11朝、向山公園にて

2011年7月11日。梅雨明け、夏本番。

朝日のなんともまぶしい今朝も、例によってマイペースで歴史公園や向山公園などで心楽しく「早朝エクササイズ」に励んだ.
心地よい汗をかきながら、澄んだ青い大空、緑の樹樹、青い風、あらたふ陽の光など豊かな自然美に感動しつつ、なにはともあれ健康的に生きることが出来ていることの幸せを噛みしめた。

今朝のラジオでも言っていたが、今日7月11日の誕生日の花は、仏桑華、ハイビスカス。花言葉は、「常に新しい美」という。
人生のさまざまなところで、「常に新しい美」を求め続けて、生きている限り止むことなく前進して行きたいと改めて思う.

「その場に踏みとどまろうとするならば、全力で走り続けなければならない」(鏡の国のアリス 「赤の女王のことば」)は普遍の真理だ。

青年壮年のころ、心に秘していた
「前進せよ、邁進せよ。汝、男なればなり」
ということばを思い出した.

2011年7月 6日 (水)

「早朝木刀エクササイズ」3周年…その2 日々その成果を自覚

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大樹への「鉄砲」を行うことで、肩や腕、手首、掌、それに足腰を鍛え、それらの骨の強化を図っている。これは転倒による事故・怪我防止を目的とするものでもある。
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三日三月三年、石の上にも3年などというように、「3」という期間はかくべつの意味合いがあるようだ。
「三日坊主」のことばはあまりにも有名だ。なにをやるにしても「三日」ぐらいは続くが、それまでとなりやすい。

「三月」は、続くか続かないかの境目のようだ。なにごとも三月続ければ一応の“成果”が出る。それが励みとなり、以後も継続のレールが敷かれやすい。だが、それでほっとして、ちょっとひと休みしようかとなりがちだ。すると、それで元に戻ってしまうことにもなりかねない。

むかし、禁煙で失敗したときがそうだった。ほっとして、ちょっと一服してみようかとなって、結局、それで振り出しに戻ってしまったのだった。
「三月継続」はそれなりの成果ではあるが,そこからが問題で、決して油断はできない。気を緩めてはいけない節目であろう。

「丸3年継続」は、自画自賛だけど「大したものだ」と思う。とにかくも、猛暑のときも厳寒の冬の真っ暗な朝も、休まず続けてきたのだから。

しかし、苦行難行が継続しての3年ではない。苦行難行どころか、“快行楽行”であった。
何しろ,「早朝木刀エクササイズ」が楽しいのである。その効果が身心の健康面に如実に表れてきているのである。それがしっかりと自覚できる。
だから、楽しいし、やっていることそれ自体もまったく心地よいのである。
それだからこそ、“快行楽行”として継続ができているといえるのである。

身心面に効果が如実に表れて来たのは、やり始めて2年ぐらいしてではなかったかと思う。
もちろん、3月、1年、1年半…と、振り返ってみれば、それなりの効果があり、また、筋トレ実行の最中にも快楽を感じ取るようになっていたけれども、2年ぐらい経ったとき、「体形の変化」とともに、「疲れない体」が出来、「疲れてもすぐに回復する」のを実感し、そして、もはや「病いを恐れないような身心」となりつつあるようなことを“自覚”したのであった。

「病いを恐れないような身心」といっても、自信か過信(ある意味で錯覚であろうが)に過ぎないのであるが(そして、現実には、これから先、いろんな病いが襲ってくるかもしれないが)、自分的には「がん」など重大な病いには罹らないような気がしてならないのである。
それが「2年目の節」であった。

2年が過ぎて、3年経ったわけだが、その感じ取り方にはさほどの変化がない。
事実、その後も大した病気もせずに日々健康に過ごしている。
実際は加齢で老衰が進行しているはずだが、身心的にはあまり感じない。
疲れないし、ばてない。疲れても、すぐに回復するのは相変わらずだ。

それは、一にも二にも、健康体作り、具体的には「筋肉作り」の賜物である。つまり、「早朝木刀エクササイズ」の成果にほかならない。

私の場合、筋肉作りをやっていても、それは競技の試合に出るとか発表の舞台に出るとかして、その成果を第三者に認めてもらおうというのではない。
日常の暮らしの中で、「よりよい行動がとれる」、「より過ごしやすくなる」ようになるというのが最大の目的だ。つまり、「健康づくり・健康保持」のために筋トレをやっているのであり、3年間の「早朝木刀エクササイズ」によって、それがしっかりと図られて来ているというのが何より嬉しい成果である。

2011年7月 1日 (金)

「早朝木刀エクササイズ」3周年…その1・記念の日に思う

Biyoukinsibai
キンシバイ(左)とビヨウヤナギ

その1
Biyoukinsibai
キンシバイ(左)とビヨウヤナギ

昨夜6/30は寝入ってから雨になったらしい。9時過ぎには床に就いたので,全然知らなかったが、朝日も出て青空がまぶしい朝6時、いつものように「早朝木刀エクササイズ」に向かうべく外に出ると、地面にはところどころ小さな水たまりができていた。

雨にぬれて緑が一段と艶やかさを増した木々や花々を眺めながら、筋トレの場・歴史公園へと、意識しての「正姿勢」「大股・早足」の歩を進める。
まっ白でハスにいくらか似たタイサンボクが、盛りを終えていくらか茶色に変色している花の傍らに、つぼみをいくつも付けている。まだまだ、その花の季節はつづくようだ。

6月21日早朝から29日夕方まで、恒例の「田舎行き」で、当地を留守にした9日の間に花は様変わりした。梅雨期だけに主役のアジサイは依然として王座にあるが、森陰でかれんに咲き続けて、ウォーキングを楽しませてくれていたムラサキシキブやスイカズラは、すっかり姿を消してしまった。
しかし、帰りに通る小さな山林ぞいの小径、病棟の日陰の草むらに2つ3つ残った、キンシバイとビヨウヤナギが、朝風を受けながら小さな虫たちに蜜を与えているのを見つけたとき、田舎行直前の筋トレの日々がよみがえり、気持ち的には“空白”が一気に縮まった。

田舎へ行っていた9日間は例によって、ほとんど筋トレ(早朝木刀エクササイズ)はやらなかったが、帰宅した翌朝、つまり昨朝からさっそく再開した。
9日間の木刀筋トレは空白となったが、体を“休め”ていたわけではない。
田舎では「早朝木刀エクササイズ」はやらないとはいうものの、農作業や家事、庭仕事などそれこそ力仕事を朝から晩までやり続けていた。だから,我が体の筋肉は使い続けであった。

筋肉を使い続けた、つまり筋肉運動をしたといっても「早朝木刀エクササイズ」でのそれとは違う部位の筋肉であることはいうまでもないのだが、休めず体を使い続けたということが肝心で、だから「9日間の空白」であっても、心理面と同様に一気に埋めることができたのだと思う。

深緑に覆われた、歴史公園の上り階段を百数十段も2段ずつ駆け上がると、さすがに少し息切れしたが(田舎には階段がない!)、すぐに普通に戻った。
そして、サンダルを脱ぎ、裸足になって、いつものように、木刀の素振りや、大樹にむかっての逆立ち、鉄砲、拳突、体のねじり、さらに、四股、指立て腕立て伏せ、木刀を前額や後頭部に当てながらのスクワットなど、筋トレ&ストレッチを繰り返した。

「早朝木刀エクササイズ」は、以上のように田舎から帰宅した日の翌30日朝からさっそく再開し、今日も続けたのだが、実は今日「7月1日」は特別の感慨深い日であった。
というのは、7月1日は3年前のこの日、「早朝木刀エクササイズ」を開始した日だからだ。
今日で丸3年、3周年記念の日なのである。

雨や雪の日は休んだが(かつては雨の日も傘を差して出かけ、あずま屋で木刀を振り,四股を踏んだこともあった)、田舎行きなどで不在のときを除いて、格別の事情さえなければほとんど休むこと無く、歴史公園へ行って「早朝木刀エクササイズ」に励んだのだった。
行くのが嫌になったなんてことは一度もないし、病気でなどで休んだこともない。振り返れば、風邪などで体調不良になったことは皆無である。
なによりも,早朝の緑の歴史公園で、木刀素振りなど筋トレとストレッチをやるのが楽しくてしょうがない、というのが正直な感想である。

3年間、楽しく筋トレに励んできたおかげで、身心が鍛えられ、体力がつき、病気にならず、健康が維持されている。
まさに「継続は力なり」だ。
「早朝木刀エクササイズ」開始3周年という節目の日、「おかげさまで健康であること」をかくべつに心の底から感謝しながら、1時間ほどの朝練を終えたのであった。
(つづく)

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2011年6月20日 (月)

「こんなにやせていいかしら?」…空腹で運動の効果抜群

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今、満開のヒマラヤヤマボウシ(松戸市の民家にて)

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六義園では、カメが“満開”

1昨日6/18は都内の歴史散歩を行った。
その日も朝5時に起き、6時からいつものように早朝筋トレを1時間ほどして、朝飯を食べて、少したって
から出かけた。
訪ねたのは、旧古河庭園(北区西ヶ原)〜六義園(文京区本駒込)〜吉祥寺(本郷通り、榎本武揚の墓)〜東大(博物館で「弥生展」見学の後、構内史跡巡り)〜上野・不忍池、アメ横、そして、北千住で買い物をしてから五時過ぎに帰宅した。

この日、歩いたのは実に2万7000歩。しかも、「昼飯抜き」であった。
しかし、帰宅してもまったく疲労感はなく、体調はすこぶる良好を維持、その後の夕食はたいへんおいしくいただけた。
空腹で、多少歩き過ぎではあったけれども、まったく堪えなかったのである。

日頃の「早朝木刀エクササイズ」と、「プチ断食」の成果であろう。

週1、2回、昼飯を食べずに運動をするという「プチ断食」をやることにしたのは3月の下旬だ。3ヶ月経って今ではすっかり慣れたようで、体調がよいのが実感されるので、それが楽しく、このごろは週2、3回もやるほどだ。

「空腹」で「やや寒い状態に身を置いて」「姿勢を正して」「運動」をすると、
1・長寿遺伝子がスイッチ・オンになり、
2・免疫力が強化され、
3・細胞内にあってエネルギーを生み出す小器官ミトコンドリアが増え、
4・時計遺伝子が活性化する
といわれる。
ひとりの健康医学の専門家が言っているのではなく、それぞれの専門家の共通した“健康医学の総合見解”である。
これら4つは、まさしく健康づくりの基本の基といえよう。

小生のやっている毎日の「早朝エクササイズ」はまさに上記4つにかなうものだ。
早朝起床して、空腹の状態のままで(飴玉1個と昆布茶400mlほどを飲む)、薄着で、やや寒い状況に身をおくようにして、姿勢を正すのをいつも留意して、ウォーキングや木刀素振り、四股踏み、逆立ち、スクワットなど適度の運動をやっている。

そんな「早朝木刀エクササイズ」はもう丸3年にもなるが、それに慣れているからであろう、週2、3回ほど、昼飯抜きでずっと歩いたり、外出していろんな運動を1、2時間やってもなんら支障なく行え、体調良好が保持されるのである。

プチ断食は、家にいるときはやらない。
外出のときにだけやる。

空腹感はあるけれど、まったく辛くはない。「空腹を楽しむ」という感触であろうか。
「よし、必ずプチ断食をやるぞ!」という気負いはまるでない。
やるかやらないかはその時次第という、きわめて気楽な気分で取り組む。
だから、昼飯時、外を歩いている途中に,もし美味そうな店でもあったら入って食べてもいいなと思い、でなければ食べなくてもいいというテキトーな考えだ。

プチ断食では食事をしないけれど、水分と塩分の補給はしっかりやる。
マイボトルと自然塩をいつも持参しており、ときどきそれを口にする。マイボトルに入っているのは、自宅の水道水の湯冷ましである。自販機のはほとんど買わない(マイボトルのがなくなったら、たまに買うときもある)。

汗をかいたときに、塩分の補給は大事だ。それをしないと、体が自然に血液中の塩分濃度を保とうとして、尿として水分を排泄することになるという。
確かに、運動をして汗をかいたときに、水だけ飲むと、オシッコが近くなる感じだ。汗で水分と塩分が排出されたのに、水分だけの補給だと、塩分濃度が足りなくなり,水分を排出してバランスを保とうとするわけだ。すると、血液がドロドロになるらしい。
塩分をとるのは悪いことのように言う健康医学専門家がいるが、医師の言うことがすべて正しいわけではないという証拠でもある。

話を戻すと、
冒頭の4つのこと、つまり、「空腹」で「やや寒い状態に身を置いて」「姿勢を正して」「運動」をすると、
1・長寿遺伝子がスイッチ・オンになり、
2・免疫力が強化され、
3・細胞内にあってエネルギーを生み出す小器官ミトコンドリアが増え、
4・時計遺伝子が活性化する
のを、小生は身をもって“証明”している(もちろん、自分の実感に過ぎないのだが)。

ただ、問題と言えば,問題なのは、体重が少しずつ減少していることだ。
体調はすこぶるいいのだけど、
「こんなに痩せていいかしら、いかがかな?」と思わないでもない。
今朝の測定だと、ついに55kgを割り、54・9kgとなった。
体脂肪も11・8%で12%を割った。内蔵脂肪のレベルは前日までの7から6になった(普通は、9以下)。

脂肪が少なすぎるのもよくないという。
「空腹での運動」や、「プチ断食」も「ほどほどにする」のがよいのかもしれない。
しかし、気張ってやっているわけでなく、「気楽に、ほどほどにやっている」つもりなのだが。


2011年6月 6日 (月)

雨上がり、チンダル現象の下、素足で筋トレ…放射能に負けない身心

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チンダル現象 2011.6.6朝。

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昨夜は雨がだいぶ降ったらしい。
睡眠が深く、雨音に気付かなかった。
今朝、木刀や小荷物を持って、筋トレに出かけると、地面のあちこちが濡れていた。歴史公園もそこかしこ、今や深緑となった青葉も「したたる美」を放っていた。

筋トレ現場について荷物を置き、木刀を取って深呼吸しながら、ゆっくりと周りを眺めつつ動き出す。ただちに目に入ったのは、朝のまばゆい光だ。
それもただのまばゆさではない。雨降りの後とて、陽の熱で「もや」が立ちこめているところへ夏の光が木々の間から差し込んできて、光の太く大きな筋をいくつも作っているのだ。
チンダル現象である。
人影なく、深い緑とあいまって、大自然のまことに荘厳な雰囲気を醸し出している。

松尾芭蕉が、『奥の細道』の旅で、日光で詠んだ句

あらたふと青葉若葉の日の光

を思い浮かべた。
(あらたふと=ああ、なんと尊い!)

雨に濡れて、木々も地面も、放射能にだいぶ汚染されているらしい。
しかし、日の光はその汚染を削り取ってくれるような、いや、放射能に負けない体に作り替えてくれるであろう、そう思えてならず、わざわざ裸足になって、地面に素足をつけ、四股を踏んだのであった。

2011年6月 5日 (日)

転ばぬ先の杖、「介護予防チェックリスト」今年も“満点”

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「命の水」という言葉があるが、水がなければ、人間をはじめあらゆる生物は生きられない。江戸の町づくりを始めたとき、家康がまず腐心したのは飲み水の確保、上水の整備だった。
それはやがて井の頭池を水源とする神田上水として整えられ、江戸の各処に配された。
その分水を邸内に取り入れて、名庭園の清流に仕立てたのが、水戸黄門が完成させた小石川後楽園である。今も後楽園庭園に、神田上水の名残が静かに流れている(画像)。
「命の水」があるからこそ、後楽園庭園は生き生きとした美を保っているといえよう。2011.5.15

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市の介護予防推推進担当室(“推推進”と推の字が二つ並んでいる。打ったひとは惚けているのかと思ったが、より強く推進するための造語なのかもしれない)というところから、「介護予防チェックリスト」なるものが送られて来た。
質問項目が25項目並んでいる(全国共通のものとか)。
例えば、
1・バスや電車で1人で外出してますか
とか
8・15分ぐらい続けて歩いていますか
とかいうもので、はい、いいえ、で答え、「生活機能の低下」を判断する。
生活機能が低下しておれば、地域センターの担当者が訪ねて来て、医療機関への検査とか「みんなお元気クラブへの参加などを勧めて、支援や介護の手だてを図るようだ。

当方はもちろん、問題がない。
25項目すべてOKで、ひとつも問題がなかった。
強いて言えば、転倒が2度あった。
一つは、大阪でのこと、地下鉄を出て、旅行用のバッグなど大きな荷物を3つも持っていて、上りの階段を2段ずつ歩いていて、最後のところでつまずいて、つんのめり、とっさに地面に両手を着いたが、左膝をしたたかに打ったこと(横転はしなかったが。これは、当ブログで報告した)。
もう一つは、「早朝木刀エクササイズ」で、大木に向かって逆立ちをしようとして、足を蹴って倒立したが、足が支えの木の樹皮のところに着くか着かないうちに滑って、一回転したこと。
それが、「転倒」と言えば、転倒だが、「介護予防チェックリスト」でいう転倒とは意味が違うので、転倒なしと回答した。
普通の生活をしていて、つまずいて転倒したことは一度もない。

高齢者の転倒で問題なのは、けがをして、入院などし、動けなくなり、惚けてしまうことであろう。
作家の黒井千次氏は、このごろよくつまずいて転びがちになったので、早めに転ぶようにしてケガを避ける方策をとっているなどと随想を書いている(「転ぶこと一種の自然」、読売新聞夕刊11.5.23)。
「転ばぬ先の杖」というが、先回りして“機先を制する”わけだ。
そのせいか、転んでもけがはないらしい。
そういえば、99歳の現役医師日野原重明氏もうまく転ぶ練習をしているとかで、テレビで以前、実演をしていたことがあった。

小生の転倒・怪我予防対策の第一は、転んでも骨折など怪我をしないように鍛えておくことだ。
筋肉と骨を鍛えておけば、転んでも簡単には骨折はしないはずだ。
・負荷をかけて(荷物持ち)のウォーキングと坂道、階段上り下りで、足首や股関節を鍛える。
・四股踏みで足腰を鍛える
・逆立ちで、肩と腕、手首を鍛える
・鉄砲で、手首と腕、肩を鍛える
・拳突で、拳を鍛える
・指立て腕立て伏せで指と、腕、肩を鍛える
相当、我が体の各関節や手足の先などの骨と筋肉は鍛えられているはずだ。

10年ぐらい前だったか、雨上がりに自転車に乗って、立ち漕ぎで走っていて、街角を急に回ろうとして滑って、転んだことがあった。
両の手首、掌の付け根をしたたかにアスファルトの地面に打ち付けた。
真っ赤になって腫れ上がったが、たんなる打撲で、骨折などはなかった。
今でもたんなる打撲で済むと思う。
大阪で膝をしたたかに打ち、赤く腫れ上がったが、それもたんなる打撲で済んだ。
筋肉と骨を鍛えているからにほかならない。

我が、介護予防策の第一は、転んでも怪我のなきよう、筋トレで筋肉と骨を鍛えることに尽きる。

2011年6月 1日 (水)

最新「早朝木刀エクササイズ」…中身じゃっかん変更

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ウォーキングでは、季節の花を眺めるのも楽しみだ。
帰りのコースである馬屋敷緑地に咲くスイカズラ 

5月の「早朝木刀エクササイズ」は、いつもよりも、ちょっと趣向を変えてやってみた。
ウォーキングを少し長くやることと、その分、筋トレを少し減らすことで、エクササイズ時間(70分ほど)は変えないというものだ。

ウォーキングコースは、坂道がいくつかあって、クルマのできるだけ来ないところを選び、神社やお寺へ寄るのも加えて、地図を片手に連日、あちこちを歩いた。
ウォーキングの折り返し点は、坂川という江戸川の支流で、そこまで歩いて、川べりを少し歩いて戻ってくると言うもの。
これだと、筋トレ時間は25分から30分弱、ウォーキングは40分から50分で、エクササイズ時間は70分よりも多くなることが多かった。

坂道では、ただ歩くだけでなく、スロージョギングや全力疾走もやった。
途中にいくつかの公園にも寄り、そこで走ったり、筋トレの一部もした。
なお、足首の重り、アンクルウエイトは外した。
5月2日から20日まで、毎日のようにコースを変えて、さまざまに歩いてみて、だいたいの結論を出した。

ちょっと体に無理がかかる感じで、やや疲労感が残る。筋トレ後、食事をしてからデスクワークをするのだが、それには少しマイナスと思われる。
だから、ときどきこの「坂川コース」を取り入れるのもいいが、いつもやるのはやめて、これまで通りとしよう、としたのである。

そして、20日間の試行を参考に、ウォーキングと筋トレの内容を、若干、変更した。
新内容は、次の通りである。
なお、エクササイズの開始時間はこれまで同様、朝6時。

1・主な筋トレ場は、これまでの歴史公園と、自宅すぐ近くの小公園の二つとする。
2・歴史公園へは回り道しないで最短距離で行く(従来は坂道を二つ通り、神社や緑地を経て、遠回りして歴史公園へと行っていた)。歴史公園では、これまで同様、園内の階段2百段ほど上り下りするが、上りは2段ずつ。
3・歴史公園では20分ほど筋トレ&ストレッチをやる。動いている間は「深呼吸十リズミカルな呼吸」を心がけ、さらに動きを止めての深呼吸をときどきやる。
4・筋トレは、木刀の素振り、四股踏み、体の捻り、指立て腕立て伏せ、スクワット、大股前進後退ウォーク、回転ウォークなど。
5・帰りのウォーキングは、来る時通った階段を下りて、さらに別のところのやや広幅の階段を2段ずつ上り、さらに下りして出、緑地〜坂道〜神社〜坂道〜お寺を通り、自宅近くの小公園へ。
緑地から神社への上り坂道100mはジョギング、そのうち数十mは全力ダッシュ。
なお、行き帰りのウォーキングでは「吐く息」に留意、リズミカルなウォークとリズミカルな「吐く息」に意識を置く。
お寺への上り坂では、「般若心経」を唱えるが、その経文はできるだけ長く唱え、心肺機能を高める。
6・自宅近くの小公園で、また階段を上り下りし、コンクリート壁に向かって、逆立ち30秒〜1分、ケヤキの大木に向かって鉄砲、拳突、さらに木の枝にぶら下がって体を揺すったり、足を上げ下げする。
7・終えて、帰宅するが、6階までの階段は2段ずつ上る。
8・以上の所要時間はできるだけ1時間ていどとし、帰宅時間は7時をメドとする(ついやり過ぎて7時10〜20分ごろになる)。
9・帰宅したら、すぐにチーズを食べる(タンパク質の補給)

以上を今日まで10日ほどやっているが、疲労感も感じず、快調だ。
当分の間、これで行くことにした。
ただし、ときどきは、坂川への“遠出”ウォーキングもやろうと思っている。

2011年5月26日 (木)

「飢え、寒さ、渇き、汚染、孤独」に強い亀にあやかりたいものだ。

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大津・義仲寺の池の亀(調べてみたら、どうやら我が国在来のニホンイシガメであるらしい)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ある趣味関係の掲示板に亀についての“相談事”が載っていた。
大要は以下のごとくである。
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関東のある会社に勤める女性の書き込みで、3年前に、職場の同僚・英国人男性(今は本国に帰国)が亀を盗んできて、職場の池に放り込んだ。
その亀の姿が今みかけないけど、生きているだろうか、というもの。

実は、亀は、ある通りがかりの家のおばあさんのペットで、どろどろのバケツの中にいつも入れてあった。それは「動物虐待で、それを救うために、職場の池に解放した」と盗んだ彼は主張、実行したという。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

これに対して、私は、およそ次のような書き込みをして、糾弾した。

英国人氏は、一見、動物愛護の精神から止むに止まれぬ勇気ある行動をとったように見えるが、大変な間違いであり、三重の罪を犯したトンデモナイ野郎だといわねばならない。

まず、彼のしたことはなんと言おうと「カメ泥棒」だ。
これは、立派な犯罪だ。
そして、自分勝手な解釈で、巷のおばあさんの楽しみのひとつを奪ってしまった。
この罪も大きい。

彼がその亀を助けたいというのなら、訳を話して身銭を切って買い取って、しかるべきところに預けるなど、いろいろ方法はあったはずだ。
我が国では、放生会(ほうじょうえ)といって、仏教不殺生の教えから、小さな生き物を買い取って、川などへ流してやる行事や習わしがむかしからある。
そのときの小さな生き物の代表が亀であった。

ある隠居が、鰻屋の鰻を哀れんで、その裂かれようとする寸前の鰻を買い取り、川へ逃がしてやるという落語もある(後生鰻)。
べつに仏教の習わしでなくても、動物愛護を標榜するなら、それくらいやるのは良識ある人の道であろう。

さらに、彼は、公的なところ(会社の池)へ勝手に放り込んだことで、“環境汚染・生態系破壊”の弊害をもたらすことにもなった。
当の英国人氏は、悪行為の三重奏をしでかした悪人物といわねばならない。

英米などアングロサクソンは、えてして自分勝手な論理で、相手の立場を考えず、独善的な行動を取りがちだ。
かつて西部劇にみられるように、先住民インディアンをやたらと攻撃、次々と土地を収奪していったアメリカ大陸新住民の白人たち、あるいは、近年のグリンピースやシーシェパードなどにみられるむちゃくちゃな思惑に基づく過激な反捕鯨の暴力行為、そして、最近ではあのビンラーディンに対してアメリカ政府がとった、実に過激な暴力沙汰。
ビンラーディンが悪の親玉だとはいえ、よそのうち(独立主権国家)へ泥靴で勝手に上がり込み、許可なく、しかも丸腰の人間を有無をいわさず撃ち殺してしまったことは、まったく“武力集団強盗殺人事件”にほかならない。
亀泥棒氏は、それらに見られる「アングロサクソン特有の独断と思い上がり、身勝手な行い」と同じ延長線上にある行為だ。

ところで、亀の生死だが、その種類、大きさ(年齢など)も分からず、それまでの生息環境が「どろどろのバケツの中」という非常に抽象的な説明なので、はっきりいえないのはいうまでもないが、カメはたぶんアカミミガメの子どものミドリガメかその成育途上のものだったろうと推測される。

ミドリガメはペットとして人気がある。ペット屋でたやすく買え、入手が容易で、丈夫なので育てるのも楽なので、多くの愛好者がいるようだから。

ミドリカメはアメリカ原産のミシシッピアカミミガメの子どもで、食欲旺盛、すぐに大きくなり(イシガメに比べ)、活発な活動をするので、水をとても汚す(排泄物が多い)。
おばあさんの亀バケツが汚れていたのは、ずっと水を替えなかったからでなく、替えてもすぐに汚れたからであろう。
悪臭はカメが発する特有のもの。
おばあさんなりに、ペットとしてかわいがり、餌やり、水替えなど世話をしていた、楽しんでいたと思われる。
昼日中は、亀をバケツから出すなどして、遊ばせたりしていたかも知れない。
そんなおばあさんの日々の小さな楽しみを突如として奪ってしまったのが、アングロサクソン男であった。

カメは一般に汚染にも強いし、飢渇に耐え、孤独生活に強い生き物といわれている。変温動物だから、寒ければ冬眠して、寒さを乗り切る知恵もある。
「飢え、寒さ、渇き、汚染、孤独」という生き物の最大の弱点を克服する力を持っているのだから、かんたんには死なない。
「万年も生きる」と言われるゆえんだ。

我が国では昔はミドリガメ・アカミミガメなんてものはもちろんいなくて、石亀・水亀や泥亀(スッポン)、草ガメなどが、日本中、田んぼや池、川など、どこにでもいた(イシガメやスッポンは在来種、クサガメは、江戸時代に中国から渡来)。
強い生命力にあやかった、スッポン料理は今も有名精力料理だ。

俳人の小林一茶は上野の不忍池で亀たちを見ていくつも俳句を詠んでいる。
例えば、
永き日を 食うや食わずや池の亀

また、前述の“放生会”に関連したものでは

年の暮れ 亀はいつまで吊るさるる

というのもある。
(放生会は旧暦8月15日の行事だが、歳末にもそれに類したことが隅田川べりなどで行われていたようだ。亀は店で吊るされて売られていて、客はそれを買い取って川に流すわけだが、売れ残りが吊るされたままになっている。それを哀れんで詠んだ一茶らしい句といわれる。)

亀はいまも池や川にたくさんいる。2年前訪ねた芭蕉の墓のある大津・義仲寺の池にも何匹も見かけた。もちろん、関西ばかりでなく、関東にもまさにゴマンといる。
上野・不忍池にも今もたくさんいる。が、同じ亀といっても一茶の頃の亀とは様変わりのようだ。

わが住まいは千葉県北西部だが、江戸川の支流・坂川のそのまた支流・新坂川が近くを流れている(数年前、引っ越ししたので、今の住まいはその近くではないが)。

近年の浄化作戦でひと頃から見ればだいぶきれいになったけれど、全国でも有数の汚いので有名などぶ川であった。それでも、その汚い川に、亀はずいぶんと棲息していた。
ふだんは水面下に潜っていて、水が汚いので見えないが、太陽が出ると、甲羅干しをするのに川べりなどに上がってくる。

泥水で汚れているし、近づくとさっと逃げるので(亀はなかなか用心深い)、細かい確認はできなかったが、その亀はたぶん我が国在来のものではなく、アカミミガメなど外来種であったろう。
というのは、ペットブームで、業者が外国からさかんに輸入して販売し(年間数十万から100万匹も)、それら外来種がさかんに飼われるのだけど、すぐに大きくなり、攻撃的なので世話が大変となって嫌になって、公園の池や川などにこっそり捨てる例が頻発、それらが野生化して増え続けて、大問題になっているからだ。
どぶ川の亀もその類いだったかとも推測される。

ミドリガメていどでなく、カミツキガメ(噛み付き亀)とかワニガメとか物騒な外来種が不忍池でも見つかっている。
カミツキガメなんかは千葉・印旛沼水系各河川に多数生息しているという話もある(印旛沼から利根川〜江戸川〜坂川と流れている可能性もある)。
困ったことに、それら放たれて増え続ける外来種は、我が国在来種の生存をおびやかす環境破壊生物となり、「要注意外来生物リスト」にあげられ、いかに駆除するかが大きな課題になっている。

英国人氏が盗んで職場の池に放り込んだ亀が石亀など我が国在来種だったら、まったく問題はないが、さまざまな状況証拠からみて、たぶんそうではあるまい。
ミドリガメかその生育途上のものと思われる。
だから彼の行為は、まさにその亀愛好家たちが外来ペット亀を安易に池や川に捨てた行為と同じで、その亀は旺盛な生命活動により、池の在来生物各種を脅かす存在になったと思われ、遺棄された池の中でも“環境破壊”がなされつつあるといえる。

結局、英国人氏が盗んで池に放った亀は、生命力旺盛だから、おそらく今も生きていて、それは目には見えないのだけれど、まことにやっかいな存在になっていると思われる。「憎まれっ子、世にはばかる」というような。

おばあさんのバケツの中に留まっておればペットであり、まったく問題はなかったのに、彼が盗んで、公の池に放り込んだことで、亀の存在も“悪”の存在となった。
願わくば、その亀は“世のために成仏してほしい”けれど、もはやそうはいかないだろう。

菅直人の大罪は、彼の度し難い浅薄短慮に基づくものだが、状況もテーマも違うけど、アングロサクソン氏の浅薄短慮にもほんとに困ったものだと、改めて思う。

願わくば、亀愛好家の皆さんが安易に池や川に放り捨てることなく、責任を持ってペットとして愛育を続けてほしいものだと思って、以上を問いに対する“回答”として書き込んだのであった。

なお、私は昔も今も、ペット亀愛好家であったことは一度もないが、「飢え、寒さ、渇き、汚れ、孤独に強い」という亀のたくましくしなやかな生き方にあやかりたいものだと思いつつ、池などで見つけると、遠くからそっと眺めて楽しむのである。

2011年5月24日 (火)

田舎における“筋トレ”のいろいろ…その5 庭木の剪定

田舎における“筋トレ”で、主なもののひとつに「庭木の剪定」がある。
植木屋作業というか、正直言って、植木屋見習いだが、しかし、これはかなり筋肉を使う作業だ。

剪定の道具は、はしご、のこぎり(手動のものと電動のもの)、ナタ、剪定ばさみなど。
それらを納屋から、目当ての庭木のところまで持ってくる。はしごは担いでくるのだが、昔ながらの木製で長く、かなり重い。肩にずしりののしかかる。

はしごを木に立てかけて上り、のこぎりや剪定ばさみ、ナタを手に作業にとりかかる。
これは慎重に慎重にやらねばならない。

下手に立てかけると、はしごはすぐに外れる。ちゃんと立てかけたつもりでも、剪定作業で枝が揺れるし、折れたりすることもあるから、作業の体勢は常に不安定だ。
いつ落っこちるかわからない。
小生のようなアマチュアでなくて、プロかそれに近いひとでも、はしごから落ちて大けがをしたという話も聞くぐらいだ。

いつだったか、はしごに乗って、枝を切っていたら、突然はしごが滑って、倒れたことがあった。私はとっさに木の枝につかまって(片手で)、転落をまぬがれた。
つかまった枝はじょうぶで、私がぶらさがっても折れなかったからよかったが、下手すると、我が身も転落するところだった。そんなに高くはなく、地上から2mぐらいだったが、それでもうちどころが悪ければ、大けがであろう。
とっさの判断力と、片手でぶら下がっても落ちない腕力、体力は、日頃の「早朝木刀エクササイズ」のおかげであった。

ともかく、慎重に慎重に、枝を切り、そうして、樹形を望みの形に持っていくのが剪定である。
ただし、“植木屋”としてはまだまだ駆け出しで、なかなか思い通りにはいかない。試行錯誤の繰り返し、失敗の連続だが、しかし、木の枝はまた生えてくるから、失敗は気にしなくていいのである。

テーブルの脚などはそろえて切らないとえらいことになるが、生の木だと不揃いになっても構わない。第一、「樹形を美しく整えるのが目的だ」といっても、「完全正解の美形」というものはない。
美の想い、その表現は、ひとそれぞれだ。

注文主の意向に添うというプロの植木屋の場合は別だが、自分で勝手に自分の木を切る場合は、それぞれの勝手な考えでやっていいのである。
それに、仮に、切り過ぎて枯れたとしても、かくべつどうってことはない。
その点、まことに気が楽だ。
自由にあれこれ理想の美の形を描いては、反省したりしつつ、剪定作業を続けるのも楽しいものである。

切った後の片付け。枝葉を運ぶのも力仕事である。
もちろん、諸道具片付けも怠ってはならない。ちゃんとしておかないと、次やるときがやっかいだ。剪定で疲れた上に、重いはしごなんかを仕舞うのは一苦労である。
筋トレは疲れた後、少しむりしてがんばると、より効果的だ。
剪定、つまり植木屋仕事を半分、いや半分以上、筋トレのつもりでやっている。

Senteimae100415
昨年2010年4月15日、我が家の前庭の樹木。木の名前は知らない。

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昨年2010年10月24日、同じ樹木

Sentei110416
これを今年2011年4月16日、このように徹底的に剪定した。

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もう一つ、徹底的に剪定して樹木にトチノキがある。今年2011年4月12日、剪定前の姿
Totinoki110416
剪定後のトチノキ、2011年4月16日

2011年5月23日 (月)

田舎における“筋トレ”のいろいろ…その4

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田舎の道では、歩いている人はほとんどいない。

田舎の道は、本来「健康への道」なのだが、歩かずにクルマにばかり乗っていると「不健康への道」となってしまう
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健康保持への道
田舎は都会よりも「健康保持」の条件に恵まれているといえる。
なぜなら、
・空気がいい
・緑や水が多い
・食べ物が新鮮
・四季の変化が際立っている
という自然環境に恵まれているからだ。
これらは、「田舎ならでは」のもので、健康長寿の基本の基であろう。

だから、本来なら、田舎には健康なひと、健康長寿者が多くいてもいいはずだ。が、現実にはそうではない。メタボのひとが少なくなく、糖尿病や人工透析を受けているなんてのもよく聞くし、我が知り合いで身近にもいる。
長寿者も、都会の方がむしろ田舎よりも多いのではないかと思えるぐらいだ。

上記・健康保持の諸条件をじゅうぶんに生かしてないというか、それらを上回る“不健康なこと”をしているからであろう。
それは、
「体を動かさない」「歩かない」
ということである。
田舎では、
・クルマの多用
・機械力頼り
が日常化していて、これらにより「体を動かさない」「歩かない」というのが、健康長寿を阻害する最大の要因になっていると思われる。

田舎では、鉄道やバスなど公共交通機関がきわめて“貧弱”だ。だから、日常、移動して外での用事をなそうとするには、歩くか、自家用車利用となる。しかし、買い物にしても、店は近所にはなくなり、遠く離れたところにしかないことになったから、歩いていくのがいやになり、どうしてもクルマ利用となってしまう。

それと、風景が、どこも、青い空、白い雲、田んぼ、畑、空き地、道ばたの雑草、そして、人影のない古びた人家、…といったぐあいで、単調なので、見飽きてしまい、距離が長く感じられる。変化がないので、ただ歩いていても面白くはない。
必然的に歩かないことになってしまいがちなのである。

田畑の仕事にしても、耕耘機など機械利用が普通になり、鎌や鍬を使っての農作業光景はほとんど見られなくなった。もちろん、周りがみんな機械化をしたとしても、マイペースで人力でやってもいいのだが、我が国の農作業は歴史的にも「隣近所皆一緒、右へ倣え」が伝統的風習だから、よほどでないかぎり、マイペースはとらない。それに、人力農作業は楽ではない。たいへんに辛い。
楽な方に流れるのは人情。
機械化は必然的な道だ。

建物も高いのはなく、せいぜい家で1階と2階を行き来するぐらい。それもたまに、だから、階段歩きもない。鎮守の森なんてのは長い石段のずっと奥にあるケースが多いが、神社へお参りすることもしなくなった。
仕事でもその他の日常生活でも「体を動かさない」「歩かない」のだから、「運動不足」は田舎暮らしのごく普通のこととなってしまったわけだ。
冒頭の健康保持の諸条件を上回るマイナスが「運動不足」であり、それが田舎における「健康長寿」を阻害する最大の要因だ。
とくにクルマの多用は、排気ガスを吸うことで、「空気がいい」を台無しにする行為でもある。

もちろん、田舎のひとぜんぶが不健康だというわけでは決してない。
それなりに健康に気をつけて、ウォーキングなどをするひとがいて、それらのひとはやはり長寿を保っている。

要は、意識して、日常的に体をよく動かし、よく歩くことを実践すれば、健康長寿が保たれるということで、周りに流されて、ついつい楽をするのではなく、不便をなげかずにこまめに体を動かすことであろう。

日常の買い物のほか、庭木の剪定、雑草刈り、田舎の旧家に多く残っている古い荷物の整理などは、「健康法」の一環と考えれば、それはそれで、なかなかに楽しいものである。
(つづく)

2011年5月 8日 (日)

田舎における“筋トレ”のいろいろ…その3

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キクイモの花 2010.10

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キクイモの実(地下茎)2011.4

キクイモ作りは“筋トレ”だ

「田舎での筋トレ」を具体的に見てみよう。
まず、「キクイモの収穫と植え替え」だ。

家の裏に、2百数十坪ほどの畑がある。
そこの6割ほどのところに昨年4月、キクイモを植えた。キクイモというのは、キク科の多年草で、地下茎が塊状に肥大し芋のようなのでその名がある。

植えてから半年後の昨年10月ではまだあまり実ってはおらず、それで、そのままにして冬を越した。
今回帰省して、いよいよ掘り起こしてみた。
どれもこれもよく実っていた。が、時間的にとてもぜんぶを掘り起こすのは無理で、一部だけとし、大かたはそのまま残し、翌年への“種芋”とし、さらにほかのところ(畑の不耕作地)にも新たにキクイモを植えるという作業を行ったのである。

それはすべて人力であった。
使用農具は鍬で、もちろん、小生1人で鍬を振るった。

新たに植えたところは雑草ばかりで、ふだんはぜんぜん鍬を入れていないから、土は固い。それで、鍬を振るうのは相当に力の要る作業、つまり「筋肉トレーニング」であった。

鍬を大きく振るって掘り起こし、キクイモを採り、籠に入れる。食料にするのと、種芋にするのとを選り分ける。そして、畑の新たなところの土を掘り、そこへキクイモ(種芋)を入れ、土をかぶせる。
それが植え替えだ。

鍬の仕事は、ふだんまったくやりつけない作業だから、小一時間もすると、だいぶ疲れてくる。腰も痛くなる。当然であろう。
そこでしばし休憩し(じっと休むのではなく、お茶などを飲んだ後、食事の準備なんかを少しやる)、体が回復してくると、また作業にとりかかるのである。

そんな作業を、滞在中連日続けた(といっても、せいぜい2時間ぐらいであったが)。疲れて、腰痛にもなった。が、ひどくはならず、しばらくすると回復したし、他の作業を行うのにもまったく支障はないものであった。

木刀の素振りと鍬を振るうのとは、器具を振り上げてから「やっ!」と振り下ろすという点ではよく似ている。腕・肩・背筋腹筋・腰の筋肉を使う点ではまったく同じだ。
腕・肩の筋肉を使うといっても、力任せではない。むしろ、肩に力を入れてはいけない。力を込めるのは丹田で、肩の力はむしろ抜く。
それが、木刀の素振りの基本の基で、そんな素振りを毎朝やっているからこそ、鍬を振るうときの体勢、それを可能とする筋肉が身についていて、鍬作業が連日のようにやれたのであろう。

連日、支障無くキクイモ農作業がやれたということで、日頃の「早朝木刀エクササイズ」の成果が痛感され、それはとてもうれしいことであった。
(つづく)

2011年5月 6日 (金)

田舎における“筋トレ”のいろいろ…その2

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ほぼ満開の桜の金沢城・石川門。朝まだ早いので人影がない。 2011.4.11


田舎へは家人は行かず、小生1人で行って、9日間滞在した。
この間の食事は、外食は妹と1回だけ。出来合いの総菜も刺身類を除いて、いっさい買わず、3食ほとんど、原材料を自分で調理加工して作った。これはいつものことである。

その自炊も肉体労働である。いや、料理法をあれこれ考えるから、頭脳労働の面もだいぶある。
野菜を洗ったり、コメを研いだり、切ったり、出来上がったのを食卓に運んで並べたり、マメに動くと、それらには実に体力を使う。
食事は台所にあるテーブルでとるのでなく、居間で食べる。台所と居間への行き来は田舎の古い家なので比較的高い踏み段を通るのでかなりの運動量となる。
食事の後片付け、食器洗いもいい運動だ。

田舎の9日間で、炊事以外に、どういう“筋トレ”(肉体労働)をやったかというと、およそ、

1・畑仕事…キクイモの収穫と植え替え
2・庭木の剪定…6、7本を手がけ、とくに3本は徹底的にやった
3・家屋(居宅、納屋、蔵)の掃除と荷物の整理
4・本や資料などの整理
5・家の周りの除草
6・洗濯と寝具干し

などである。

実は帰省直前に、「活動量計」というのを買った。
オムロン製で歩数計と似たようなものだが、常時身に付けていると、そのひとの歩くことはもちろん、それ以外の動作、つまり活動の量が消費カロリーとして計算されるのである。

なんでもセンサーが体の動きを察知して、消費カロリーを計測するのだという。もちろん、きっちり正確なのではあるまいが、だいたいのものが測られるのであろう。
歩数がゼロでも、力の要る動作をしたのと、じっとしていたのとでは消費カロリーが違うが、それが刻々と計測され(0時から24時まで)、過去のデータも7日分が記憶表示される。
4月10日の田舎行きからさっそく計測を開始した。

活動量計に表示される総消費カロリーや歩数などを一覧表にして記録しているわけだが、田舎での9日間と、その後、帰宅してのものを比較すると、はっきりとその違いが分かる。
いかに田舎では、力仕事で、体力消費つまり総消費カロリーが多かったかがもろに出ているのである。

例えば、4月10日は移動日で、長野市内と金沢市内をあちこち歩き回った。歩数計は実に3万4593歩を記録した。その日の総消費カロリーは4126kcalであった。

その翌日も花見がてら金沢市内をよく歩き、午後に田舎へと移動し、買い物や掃除などをいくらかやったので、歩数は1万6171、総消費カロリーは3630を示した。
その次の日、つまり4月12日から、まったくの田舎滞在、力仕事の連続となった。
その記録は以下の通り。

月日 総消費カロリー 歩数
4/10 4126kcal   3万4593歩
4/11 3630     1万6171

4/13  3554      8126
4/14 3610      7954
4/15 3720      6994
4/16 3666      8089
4/17 3633      7302

4/18  3188      5917

4月18日は帰りの移動日で、バス、電車に乗っている時間が多かったので、総消費カロリーは増えなかったのは当然であろう。
朝起きてからから夜寝るまで田舎の家に滞在した13日から17日までの5日間の特徴は、いずれの日も歩数が1万に届かないのに、総消費カロリーは3500から3700台とかなり高い数値を記録しているということだ。
体力を使う動作がいかに多かったかが、これで分かる。

4/18の帰宅後もずっと「活動量計」を身につけていて(2回ほど数時間の装着を忘れたこともあったが)、毎日の活動量を計測、記録し続けている。

4/20 3218kcal   1万0115歩
4/21 2977       6073 
4/22 3559     2万0320

5/5  3110      9722
5/6  3238     1万4235

昨日5/6まで、一日の歩数は少ないとき(4/21)で6千歩余り、多いとき(4/22)で2万歩余りだ。その一日2万歩を記録した日の活動量(総消費カロリー)は3559kcalで、田舎生活に匹敵するが、その他の日はとても及ばない。

ここのところ連日、一日の歩数は1万歩を超えている。昨日は1万4235歩だった。が、総消費カロリーは3238kcalで、田舎では歩数がその半分の7千歩弱のとき(4/15)の3720kcalに比較、500kcalほども低いのである。

田舎ではいかに体力を使い、総消費カロリーが多かったかが分かるのである。
だから、連日、大いに食べ、大いに飲んだけれども、ぜんぜん太らず、むしろ筋肉が増えたのであった。

それにしても、連日、そういう総消費カロリーを多く使う作業を続けていたにもかかわらず、ぜんぜんバテずに過ごせたのは、毎日の「早朝木刀エクササイズ」で筋肉を蓄えていたからにほかならない。
(つづく)

2011年5月 5日 (木)

田舎における“筋トレ”のいろいろ…その1

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帰省ルートは、大宮から長野新幹線で長野へ行き、途中下車し、善光寺参詣などをやってから、信越線ー北陸線経由で金沢へ行くのが通例となっている。今回もそうした。画像は善光寺本堂2011.4.10

先だって、4月のことだが、10日(日)から18日(月)までの9日間、田舎(北陸)に帰省した。
いつもそうなのだが、この間は、恒例となっている毎朝の「木刀素振りなどの筋トレ」はやらなくなってしまう。
今回も例外ではなかった。

では、“筋肉トレーニング”をやらないのかというと、そうではない。私の場合の田舎滞在は農作業など力を入れて体を動かすことがきわめて多くあり、おのずと体力・筋力を鍛えることになる。
むしろ、ここにいて朝のひととき(1時間余り)筋トレをやるよりも、もっと筋肉トレーニングになっているようだった。
実際、体力はなんら衰えず、快調が維持できた。
帰宅翌日の体脂肪率はなんと9.2%と、一桁を記録したほどだ。もちろん、日ならずして元(13〜14%台)に戻ったけれども、いかに田舎では“筋トレ”をやっていたかの証でもあろう。

田舎では、今や一般的にはほとんどのひとは“運動不足”のようだ。都会人も多くが運動不足を指摘されているが、それでも移動で電車を使う場合が多いし、歩く機会も少なくはない。必然的に体を使う。
ところが、田舎では移動には体を使うことはまことに少ない。たいていクルマだからだ。
農作業も耕耘機使用など機械力頼りで、体を使わない。

ほととぎす 自由自在に聞く里は
        酒屋へ三里豆腐屋へ二里

という江戸時代の有名な狂歌がある。
それでもむかしは二里三里を歩いたのだが、当節は歩かないのである。

今だって店はもはや近所には無く、二里三里も離れたところの大きなスーパーだけになったのがほとんどだ。
そこへ歩いていく人はまずいない。クルマで行くわけだが、クルマの運転が出来ないお年寄りらは家でじっとしてテレビを見るぐらいで、体を使わないのである。

山仕事もなくなったし、炊事はもちろん、風呂も電気かガスだ。囲炉裏も消えて、薪や炭を使うことはないから、「火」を得るのに、体を動かすこともしなくなった。

ビルがないし、鉄道を日常的に利用しないから、階段歩きもない。
完全にクルマ社会で、運動不足もいいところだ。

だが、運動をしようと思えば、やる機会はほんとは多々あるのである。
(つづく)

Zenkojitakao
善光寺にはさまざまな石塔が立っているが、珍しいものとしては、本堂裏手、吉原おいらんの名妓で知られる高尾大夫の供養塔もある


Kenrokuenakihiduka
松尾芭蕉が奥の細道の途中、金沢で詠んだ句の一つが

あかあかと日はつれなくも秋の風

で、その句碑は「秋日塚」と呼ばれ、名勝・兼六園に立てられている(画像2011.4.10)。
なお、その「秋日塚」は金沢の西の大川・犀川の河畔や市内の成学寺にも立てられている。

2011年4月 5日 (火)

「やや熱燗」健康法 3…クコ酒を愛飲20余年

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我が愛用のお猪口
まだまだ他にもあるのだが、これらを次々に取り替えて飲むことが多い。とくに右手前の二つの備前焼は今から30年以上も前、岡山へ行くことが多くあり、その際に陶器専門店で入手したもので、ずっと愛用している。

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晩酌はたいてい「ちゃんぽん」で、ビール、日本酒が主、ときどきウイスキーや焼酎を飲むが、そのほか以前はクコ酒をよく飲んだ。「よく」というか、「いつも」飲んでいた。それもお湯割り、「やや熱燗」であった。
クコ酒は市販のものでなく、自分で作ったものだ。

クコ酒を自分で作るといっても、たいしたことはない。クコの実を買ってきて、快晴の日に、流水でよく洗ったクコの実を天日干しにする。
何日間か干し、カラカラに乾いたら、それをウイスキーに混ぜるだけ(ウイスキー1瓶にクコの実をひとつかみほど)。砂糖などはいっさい入れない。そのまま、暗いところで、半年から数年ぐらい置く。
それでOK。
とくに寒風の吹く冬のうちに、いっぺんに5、6本、ときには10本ぐらい作ることもあった。

そういうのを晩酌の最後にシングル1杯ほどをお湯割りにして飲むのである。
クコの実の甘い香りがウイスキー独特の香りと調和して、なんともいえぬよい味がしてくる。ほんとはストレートがよいが、それではちょっときついし、酔いが回り過ぎる。
お湯で薄めても微妙な味は損なわれない。
ちびちびゆっくり味わえば、ほどよい“締め”となる。
ビール、日本酒のやや熱燗、そして、クコ酒のお湯割りという晩酌コースは、我が晩飯・至福のひとときであった。

ウイスキーばかりでなく、焼酎や、ウオッカ、ジン、ブランデーなどいろんなものでクコ酒を作ってみた。クコのエキスを引き出すにはアルコール度数40度以上が望ましい。焼酎は35度のしかないので、それを使ったが、他はみな40度以上のでやった。
それなりに独特の味が味わえて美味しかったが、やはりウイスキーがいちばんであった。
そのウイスキーもいろんなので試した。
しかし、あまりに安物はよくない。どうしても味が落ちる。
が、高価なものはちょっともったいない。で、ほどよい値段のもの、サントリーなら角瓶クラスので作ることが多かった。安売り酒店へ行って、大瓶(普通瓶の2、3本入り)を求めて、それで大量に作ったものである。

以上のクコ酒づくりは、地域の大先達・大倉邦夫氏から習ったものである。
大倉邦夫氏は今、満96歳。さすがにいくらか衰えておられるが、ボケの兆しなどまるでなし。内外の政治経済情勢に通じ、頭脳はしっかり、日本の行く末を心配する、身心かくしゃくたる状態を保っておられる。
大倉さんは、第二次世界大戦で比島に派遣され、飢えと病でほとんどの戦友が命を落としていった中で、奇跡的な生還を果たした、元日本兵である(大倉さん所属の2527連隊では3050名中復員はわずか5名を確認。同連隊・第一中隊344名では大倉さんと上司の金地曹長の2名のみが生還を確認したのみ)。

大倉さんが奇跡的に帰国できた要因の1つは、日頃からよく歩いていた、足腰が強かったことにある。
家が農家で、高台にあったから子供の頃飲み水確保のため、毎朝天秤棒をかついで山道を往復した。
昔のこととて、毎朝、我が家の廊下のふき掃除などの手伝いをして、体も鍛えられた。
農家を継いでからは、山や田んぼ、畑仕事に注力したが、当時はむろん、ぜんぶ手作業のこととて足腰は常に鍛えられた。

そうした鍛錬による強健な足腰が、比島における極限状態からの脱出を助けたのである。それは96歳の今も健康保持に大きく貢献していることはいうまでもなかろう。

さらに、大倉さん元気の秘密をもう一つ上げるとすれば、長年愛飲のクコ酒だ。
クコは肝臓などにいい、精力剤として知られる。ウヰスキーにそのクコの実を入れて、何年もの間寝かしたものを大倉さんは毎日晩酌してこられた。そのクコ酒を大倉さんは正月に何十本をも自ら手作りし、それを30年以上、毎日飲み続けて来られた。。
大倉さんの元気、とくに肝臓が強いのはクコ酒にあるのはいうまでもなかろう。
(さすがに数年前の大病以来、酒は断たれたが)。

20年ぐらい前に、大倉さんからそのクコ酒を1本貰い、作り方を聞いて以来、小生も手作りすることにした。以来、愛飲することになった。
小生が晩酌に日本酒換算平均3合以上の酒を欠かさないにもかかわらず(酒休週2日制などやったことはない)、今もって肝臓の数値が例えばγーgtpが20台であるように良好なのは、クコ酒を愛飲しているからであろうと思う。
「足腰強化に注力とクコ酒の愛飲」は、大倉さんから学んだ我が実践健康法である。

そのクコ酒健康法を数年前に止めた。あるだけ飲んでから止めたのだが、それというのも、数年前に、中国の食品の安全性が問題になったのがきっかけであった。クコの実はたいてい中国産であるからだ。

クコ酒を止めたが、日本酒、あるいはウイスキー、焼酎のお湯割りという「やや熱燗」を愛飲し続けているおかげで、我が健康はしっかり保たれているようである。
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下の画像は、我が“最後の手作りクコ酒”だ。
押し入れの奥から出てきたもので、すっかりあるのを忘れていた。
見つけたのは2009年7月だったから、なんと11年前に作ったのだった。
クコの実は溶けてしまっていて、酒(液)も黒く、どろりとしていた。
しかし、腐敗などしておらず、芳香がして、口に含むととろりと美味が広がった。
おいしく味わったのはもちろんである。
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2011年4月 4日 (月)

「やや熱燗」健康法 2…酒は「やや熱燗」で飲むのが一番

「酒は百薬の長」という有名な語句がある。経験から、ほんとにそうだと思う。
なにしろ、美味しいから気分が良くなり(ストレス解消)、食が進み(進み過ぎることもあるのが難だが)、体が温まり(血流が良くなる)、身心の健康づくりを大きくうながすのである。
今日の我が健康は,多分に酒のおかげであると心底思っている。

酒を飲まない日はない。朝や昼に飲むなんてことは特別なことでなければないが、夜の酒は欠かさない。休肝日などいっさいなく、連日連夜である。

「夜に飲む」といっても、夕方の食事時だけで、それも食事の初めからつまみ(おかず)をいろいろ食べながら飲み出し、ほどよいところで切り上げる。
そして、最後におかずでご飯(コメの飯)を食べる。
このコメの飯を食べるともう酒は飲まない。
ビールを風呂上がりに飲むとか,寝る前にウイスキーを飲むとか(寝酒)いう話をよく聞くが、そういうのはまったくやらない。

禁酒をやろうと思えば、かんたんに出来る
だから、酒を飲まずに済まそうと思えば、かんたんだ。先にコメの飯を食べてしまえばいいのである。
以前、何日間か(10日余りだったが)禁酒したことがあったが、そのときも、真っ先にコメの飯を一口入れるようにしたのだった。

飲酒は、たいてい「ちゃんぽん」である。なにか一種類だけということはほとんどない。
普通はビール(本物のビールのほか、発泡酒、第三のビールも)を1、2缶飲んで、やや熱き燗の日本酒を飲む。
さらには、ときたまだが、ウイスキー、焼酎、ワインを味わうことがある。
ワインは常温だが、ウイスキー、焼酎は「お湯割り」で飲む。
そのお湯割りも「やや熱き燗」である。

氷割り、水割りはやらない。氷が嫌いなのだ。
レストランで、グラスに水(お冷や)を入れたのを、最初に持ってくるが、そのときたいてい氷が入っている。あれがいやで、ほとんど水を飲まない。
ビールも冷蔵庫で冷やさず、常温で飲んでいるぐらいだ。
温めて(燗)飲んだこともあった。あまりうまくはなかったが。

熱燗にはあらねどもやゝ熱き燗 川崎展宏

俳人・展宏さんも熱燗が好きだったようだ。熱燗といってもほんとの熱燗ではなく、「やや熱き燗」がお好みだったのである。もちろん、日本酒であろう。
小生もそれを好む。
日本酒も、ウイスキーも、焼酎も、「やや熱き燗」で、我が健康のもとは、アルコール類の「やや熱き燗」だ。

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日本酒の「やや熱き燗」づくりは、酒燗器などいろんな道具でやっている。
電気酒燗器はほどよく燗が出来、常にその温度が保てるので、重宝している。

左が電気酒燗器。1・5合
中は電子レンジ用の耐熱ガラス製徳利。2合
右は酒燗徳利。1合弱

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右の酒燗徳利は1合弱で、熱湯を満たした器に、酒を入れた徳利を納めてフタ(お猪口)をしてしばらくすると、徳利が温められるという仕組みだ。
そのお猪口で飲んでもいいが、小生は別のお気に入りのお猪口に注いで飲んでいる。ただ、だんだんに熱湯の熱が奪われていき、いつまでも「やや熱燗」が保てないのが欠点だ。
その点、電気酒燗器はお好みの「やや熱燗」がいつまでも保てるのがうれしい。

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2011年4月 3日 (日)

がんばれ!東北の酒「あさ開」…「やや熱燗」健康法

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左が福島・会津の酒「末廣」、右は、南部岩手の酒「あさ開」
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健康医学の帶津良一医師は、「朝の気功に、夜の酒」が健康法だそうだ。
小生はさしずめ「朝の筋トレに、夜の酒」だ。
日本酒が大好きで、「やや熱燗」を毎晩愛飲している。
体が温まり、気分が良くなって、ほんとに「百薬の長」だと思う。

その酒を買おう、どうせ買うのなら、東日本大震災支援の意も込めて「東北の日本酒を」と、最寄りのスーパーの日本酒コーナーへ行った。
東北、とくに太平洋岸の地酒を探した。
が、これが、あんまり置いてないのである。

東北でも、秋田とか山形、青森なんかのはいくらかあった。
他地方の、たとえば、灘とか伏見とか、新潟とかはずいぶんとある。
が、東北の太平洋側(青森、岩手、宮城、福島)のがあまり見当たらない。
もちろん、大きな酒屋へ行けばいろいろあるのだろうが、そのスーパー・酒コーナーは、有名ブランドがほとんどなのであった。

だけど、ひとつひとつ見ていったら、あった、あった。ようやく見つけたのが「南部岩手(盛岡)の酒・あさ開」。それに福島・会津の酒「末廣」。いずれも本醸造だ。
これはいい名前だ!気に入った!とさっそく買った。
とくに気に入ったのは、岩手の「あさ開」だ。
味もさりながら、ネットで調べていろいろ知ることができて、ますます気に入った。
以下、その理由の数々。

第一に、「あさ開」(あさびらき)という名前がいい。
「朝開き」とは「朝の船出」のこと、船が夜明けを待って漕ぎ出すこと、「漕ぎ出る」にかかる枕詞。
それは、夜明けに木刀筋トレへと出向く我が身にぴったりではないか。

ちなみに、万葉集では、歌聖・柿本人麻呂の

朝開き 漕ぎ出て我は由良の崎 釣りする海人を見て帰り来む 巻9
朝開き 漕ぎ出てくれば武庫の浦の汐干の潟に田鶴が声すも 巻15

の2つがある(由良の崎は丹後の宮津、武庫の浦は兵庫の西宮)。

「あさ開」の創業は明治の初め
この酒造の創業は実に140年前の明治4年(1871)。南部藩士だった七代目村井源三が酒造りを始めて商人へと転じたのが始まりだという。

明治維新で封建制度が崩壊、日本は新しい時代へと歩み出した。が、まだまだ混迷、動乱の世。
なにしろ、まだ陽暦ではなく、江戸時代同様、陰暦の時代(陽暦になるのは翌年12月)。廃藩置県はこの年7月だ。

支配層だった武士たちは禄(給与)を失い、生活の糧を得んがため、いろいろと商いを試行しては失敗ばかりした。そんな話は「士族の商法」「武家の商法」と落語「素人鰻」などでやゆされている通りだが、村井源三は転身にみごと成功した。

商人に転ずるに当たって、「自分自身の再出発」と「日本の新しい船出」をだぶらせて揺るぎない決意を込めて「夜明けの船出」を商品名としたことからも、並々ならぬ覚悟のほどが知られ、それが成功の大きな要因となったのであろう。

南部藩士のパイオニア精神、不屈の精神
「南部藩士」で有名なひとに「大島高任」(おおしま・たかとう)がいる。
幕末、黒船来航を機に我が国は欧米列強に対抗せんと洋式製鉄と洋式大砲づくりに注力、全国各地の各藩ではオランダの原書に学んで試行錯誤する。その先陣を切ったのが水戸藩の要請を受けて積極果敢に行動した南部藩士・大島高任だった。

大島は南部盛岡の商人たちの多大な協力を得て、南部・釜石山中・大橋の地に高炉を建て、釜石産出の鉱石を使って、みごとに近代的製鉄法・高炉による鉄づくりに成功する。
もちろん、事業成功に至る道は容易ではなく、試行錯誤、苦心惨憺してようやく初出銑にたどりついた(1857・安政4年12月1日)。
新しい鉄の時代を切り開こうという熱き真っ赤なパイオニア精神に、岩手・南部の粘り強い不屈の精神が混ざり合って、大島高任の釜石高炉は勢いよく、熱き真っ赤な銑鉄を次々に産み出す。

高炉製鉄成功の一因は、テキストで学んだ「オランダ流」をそのまま踏襲したからではなく、我が国伝統の製鉄技術・たたら製鉄法を加味するなど、最新技術プラス在来技術、そして「独自の工夫」を取り入れた、いわば「日本流・南部流」を追究したことにあったといわれる。

大島が確立した釜石山中での近代高炉製鉄法はその後も引き継がれ、現在の新日鉄・釜石製鉄所に至る。大島高任は「日本近代製鉄の父」と目され、その成功の日、「12月1日」は「鉄の記念日」とされている。

「南部の酒」造りにかけた「あさ開」の創業者
同じ南部藩士だった村井源三は大島高任の苦心惨憺ぶり、努力とその成功ぶりを間近に見ていたはずだ。
創意工夫と、地元産の原料を使って、新技術を取り入れるが、在来技術をないがしろにしない、それを基礎として新しい「ものづくり」に当たる、「新しい時代を切り開く」決意、…、大島の鉄づくりにかけた情熱と行動を、村井は酒造りにかけたと思われる。

「あさ開」の酒造会社は、その創業精神を今も受け継いでいるようだ。
というのは、酒米も、水も、そして杜氏も南部。「オール南部」でやっているというから。
たとえば、
酒米は山田錦があまりにも有名だが、南部ではなかなか入手がむずかしい。それで、試行錯誤して長野産の酒米を改良してついに南部産の酒米づくりに成功したという。
その南部杜氏の高い酒造りの技術は、全国新酒鑑評会で連続19回入賞(うち16回が金賞)という評価を受けていることでも証明されている。

私は、そういう舞台裏はまったく知らず、今回たまたまスーパーの酒棚で「あさ開」を見つけて、岩手産であることと名前が気に入ったので買って来て飲んでみて、うむ!美味い!と舌鼓を打ったのだった。

そして、いろいろ調べて知って、ますます気に入った。
これからも、「あさ開」を愛飲して、南部の酒造 がんばれ!と声援を送りたいと思う。

2011年4月 2日 (土)

プチ断食健康法…昼飯抜いて動き回る その2

少食・運動ダイエットで体をスリムにした。(前回)

内臓を休めるために
そんなわけで、以前ほど大食いではなくなったのだが、しかし、それでもまだ、よく喰うほうである。
だから、消化器官はかなり酷使されているはずである。
今のところ、なんら内臓に異常はないのだが、ほんとうは悪くなっていて、しかし、症状があらわれないのだけれど、実はその一歩手前なのかもしれない。
肝機能はいいけど、酒は相変わらず毎晩だから、悪くなっているのかもしれない.…

それで、思ったのである.
内臓、消化器官を少し休めよう。
今からでも遅くないはずだ、と。

消化器官を休めるには、「腹八分目の食事」である。
それに、“適度の飲酒”つまり節酒である。週2日の禁酒がいいというが、これには「気合い」が要る。ストレスがかかる.
禁酒はやればやれるのであるが(以前にも10日余りやったことがある)、なんだかつまらない。
それで、「マイペースの節酒」で行くことにした.

食事はいつも意識的には腹八分を守ることにしているが、ときどき食べ過ぎとなる。
で、考えたのは「プチ断食」である。
一食抜いて,胃腸を空にするのである。
これなら、そうむずかしくはない。
25年前に、ダイエットで「1日1食〜2食」の経験をしたから、やれる自信がある。

体を活性化する「空腹での運動」
「健康法」関係の書を読むと、「空腹での運動」は、たいへんに体に良いそうだ。
・体内エネルギーを作り出すミトコンドリアが増え、
・成長ホルモンを出し、
・長寿遺伝子をスイッチオンにし、
・免疫力をアップする。
・やや寒い状態でやればなお良い

という。

実は、これはすでに実践している。
「早朝筋トレ」がそうだ。

ふだんは、だいたい朝4時に目覚め、ラジオなどを聞き、5時に起床、6時に筋トレへと出かけるのだが、この間(7時半の朝食まで)、食べ物を摂らない。以前は飴玉とチョコを1個ずつ口にしていたが、今は薄い昆布茶を400mlほど飲むだけである。
起きてから、2、3時間、空腹で運動をして過ごしている。

早朝の外はまだまだ寒い。しかし、真冬でもさほど着込まず、帽子もマスクもせず、今はもちろん、春とはいえ、まだ寒き風を顔にはもろに受けて歩いている(真冬はさすがにマフラーをしたが)。
風が頬に当たり、襟元から体の中へと入り、通り抜けていく。
これがまた、気持ちがいいのだ。

ウォーキングでは先日まで手袋をしていた。が、森に着いてからはとり、素手で木刀を握る(当たり前だが)。厳寒期は木刀も冷たく、指先が凍える感じ。
真冬期は「やや寒い状態」というよりも、“ものすごい寒い状態”で「空腹での運動」を続けたのであった。

この「空腹で運動」をもっと徹底することにしたのである。
それが「プチ断食」で、昼飯一食を抜くのだが、同時に、「有酸素運動」をやるのである。
ウォーキング、自転車乗り、ハイキング、軽登山、歴史歩き、健康体操などである。

3月の下旬、それを一日おきにやってみた。
23、25、27、29、31日である。
早朝筋トレののち、朝7時半〜8時に朝食を摂るが、その後、夕方まで食事はしない。
ただし、水分は摂る。400mlの昆布茶を長時間かけてちびちびと飲む。その間、コーヒーも1、2杯。飴玉1個をなめたりなめなかったり。31日は小さな梅干しを白湯に溶かして飲んだ。

その日の夕食は17時過ぎであった。9時間もの間、食べ物をとらずに、体を動かし続けた(外出していた)。
5回目ともなると(3月では、上旬に2度ほどやったので、計7回)、すっかり体が慣れたらしく、まことに調子がいい。
ミトコンドリアが増え、長寿遺伝子がスイッチオン、成長ホルモンがされたのであろう。寒さも感じない。

数日前に暖房器を片付けたし、衣類も春物に替えている。
昨日4・1は森での筋トレで、後半15分を裸足としてみた。やや濡れた地面は冷たく、土砂はいくらか痛かったが、気持ちがよかった。久しぶりに四股を裸足で踏んだが、やはり気分が違う。爽快に、踏み終えた。

足を洗う水道の水は、痛く冷たかったが、靴下、靴を履いて、歩き出すと、足の指先がまことに温かくなってきた。心までが春風に洗われるようであった。
「空腹での運動」が体をよいほうに持っていっていると実感する。
4月ももちろん、週二回ぐらいは、そんなプチ断食をやるつもりだ。

7、8時間あれば都心から我が家まで歩いて帰って来れるのだから。

2011年4月 1日 (金)

“プチ断食”健康法…昼飯抜いて、動き回る その1

生活習慣病の2大要因は、「食べ過ぎ」と「運動不足」だ。

当方はいくらか「食べ過ぎ」のきらいがあるが(さいきんは節食を心がけている)、運動は適度にやっているためであろう、生活習慣病にはまったくなっていない。
メタボはひとつもない。BMIは21・5で、適正値だ。
内臓もかくべつ悪いところはなく、検診値はぜんぶ適正だ.

しかし、若い時から「大食い」であった。ひとの2、3倍は食べていた。
また、大酒飲みであった。今も毎晩、酒は欠かさない。

30代まで、格別の運動もせず、仕事で歩くぐらいで、あまり体を動かすことはなくなっていた。
それで、40代になると、そのツケが出て、肥満気味となり、いくらか(だいぶ)不健康になった。
いわゆる生活習慣病予備軍入りで、発症寸前のところにきていたようである.

メタボ寸前でダイエットを敢行
それで、これはいかんとスリム化を図ることにし、ある医師の書いた本をテキストにしてダイエットを敢行した。
「栄養バランスのとれた自然食・少食」(一日一食、あるいは2食)と「朝晩の運動」である。
今から25年ぐらい前のことだ。

そうしたら、効果てきめん。
4ヶ月で70キロから55キロへ、なんと15キロもやせた。

あまりに痩せるので、ダイエット法を止めて、元に戻した。
元に戻したといっても、食事は以前ほど大食いはなくなったし、運動も意識してやるようになった。
7、8キロリバウンドしたが(一時的には63キロまで戻った)、間もなく適正体重(60キロ前後)に落ち着き、以後、ずっと適正体重をキープしてきた。

3年近く前に「早朝筋トレ」を開始した。
そうしたら、脂肪がさらにとれ、筋肉が増えて、体重が数キロ減った。
体重は56キロ台、体脂肪は14、5%、中性脂肪は30〜40%で、これは「少々痩せ過ぎ」である。
しかし、筋肉量が増えたためであろう、体調はすこぶるいいので、数値はあまり気にせず、これが「現在の適正体重」なのだと考えている。
(つづく)

2011年3月28日 (月)

粗大ゴミ出しは心身の筋トレ

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粗大ゴミとして処分した品々

先日(3月25日)、粗大ゴミ処分をした。
オイルヒーター、電気カーペット、スーツケースの3点である。処理代1個1000円で計3000円.
いずれもまだ使えるが、ほとんど使っていなかったものばかり.
使わないのに置いておくとまったくじゃま。それで捨てることにした.

電気カーペットは正月に娘の娘つまり孫(乳幼児)が来るというので、新しい(除菌しやすい)のを買った。だから、使わなくなっていた。
スーツケースはだいぶ前のもので、これは海外旅行などでよく使った思い出の品である。これも最近はまったく使わず、不要物の収容函と化していた。

手前のオイルヒーターは長らく使ってきた愛用の暖房機だ。
洗濯物をかけて乾かすことが出来、重宝してきた。いつも冬になると使っていたが、この2年、ぜんぜん使わずに済ませていた.
寒さが堪えなくなったからだ。
筋トレで筋肉が鍛えられ、体温が上がり、寒さに強くなったから要らなくなったのである。
筋トレで“省エネ”生活がさらに一歩進んだのである。

ところで、いずれも処分場へ運び出すのを、まるっきりの“手作業”でやった.要するに、運び道具(台車)やエレベーターを使わず、手で持って歩いて運んだのである。

スーツケースや電気カーペットはそんなに重くないからよいとして、問題はオイルヒーターであった。これはずいぶんと重い。計量はしなかったが、30キロぐらいはあったのではなかろうか。
それを両手で抱えて、小生はエレベータ—に乗らないのを旨としているから、このときも6階から1階まで階段を一段ず降りて、運んだのである。
家人は、私も手伝うから、台車に載せて、エレベーターで運んだらいいと言った。
しかし、小生はそれを拒否した。

手で持って運ぶのは筋トレのひとつともなるからよいのだ、それぐらい鍛えているのだ、と言い張り、実行したのである。
強がりを言ってはみたものの、危ないことは危ない。とくにかつてはぎっくり腰が持病であった。
下手に重いものを持って、腰を痛めたらたいへんだ。
一歩一歩用心して歩いた。無事に運び終えてほっとした。

重い荷物を持って6階〜1階の階段往復歩きを2回やった。
だから、その日、いつもの「早朝木刀エクササイズ」を休止した。粗大ゴミ処分作業を筋トレ代用としたのであった。
体の筋肉トレーニングだけでなく、気分もすっきりし、精神の筋トレでもあった。

2011年3月23日 (水)

春は着実にやって来つつある。3日ぶりの早朝エクササイズ

今朝はようやく雨も上がり、3日ぶりの「早朝エクササイズ」。

といっても、6時過ぎまで雨が降り続いたので足場がたいへんに悪いだろうと森へは行かず、負荷をかけてのウォーキングだけをやることにしました。
手には木刀と手荷物、それに足首にはアンクルウエイト。

これで、2キロほど離れたところにあるパン屋へ行くのです。「正姿勢・大股・早足」のウォーキングです。
だいたい歩幅は90センチ、平均時速は5・5キロほど。

そこのパン屋は朝6時半から開店している手作りの店。石窯パンが売り物で、いろんなパンを作ってますが、どれも味が実によい。とくにアンパンが美味い。たいへん流行っている店です。

ふつうは晴天が続いて早朝筋トレ休みがないようなとき(雨天のときしか休まないので)、筋トレをやらずに、そのパン屋までウォーキングだけするということにして、筋トレ休みを作っています。
で、一週間に1回ぐらい、そこの店へ買いに行くことが多いのです。
なにしろ、「6時半開店」というのは“早朝派”にとってはまことに都合がいい。

ただ残念なのは、開店早々なので商品がぜんぶ揃っていないことで、今朝も目当てのあんパンが並んでない。
たずねると、あと40分ほどかかるとのこと。

やむなく食パンと、クランベリー入りパン、サツマイモ入りパン、それに塩パンを各1個買い、店の一角にある休憩コーナーでコーヒーを一杯飲んでから、再び2キロほどをウォーキングして帰りました。

途中の公園で、雨に濡れたコブシがつぼみ状態から花を開きかける状態になっているのが見えました。明日あたり、あの清楚な白い花を大きく咲かせそうです。
苦界の大ドラマをよそに、大自然はなにごともなかったかのように、季節を正しく刻んでいるのです。

空を見上げると、厚い雲の切れ間から青空がのぞき、ウグイスの声が鳴きわたる、そんな自然美に、久しぶりに心が癒された思いでした。

2011年3月21日 (月)

健康づくりに一石二鳥のアンクルウエイト

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1.5kgのアンクルウエイト

今朝は雨で、いつもの「早朝木刀エクササイズ」を休んだ。明日もどうやら、朝は雨らしく、休みが続く可能性が高い。
それで、室内でいくらかのエクササイズをやるつもりだ。

戸外での筋トレではもちろん、室内で重宝しているのが、アンクルウエイトである。画像は1・5キロのものだが、もうひとつ1キロのも持っていて、適当に気分次第でどれかを付ける。

いったん付けると、朝起きてから夜寝るまで(風呂へ入るときは当然外すが)、ずっと付けている。
電車に乗ってどこかへ出かけたり、ひとと会うときは別だが、ちょっと用事で出かけたり、買い物なんかだと付けたまま歩いていく。

アンクルウエイトを付けて外を歩くだけでも負荷をかけてのいい運動になるのだが、室内でもこれを付けていると、たいへんにプラスだ。
負荷をかけることだけでなく、運動(体を動かし、血流をよくすること)促進を気付かされることが多いからだ。じっとパソコンに没頭してしまいがちなときでも、ちょいと脚を上げようとか、体をねじろうとか“啓発”されて、そうだ、かんたんな運動をしようということになるのである。

それと、体の“3つの首”(首、手首、足首)は保温のキイポイントで、アンクルウエイトは足首保温の役目も果たしている。

アンクルウエイトは「体温を上げ、保温効果がある」ということで、この寒い時期、とくに節電を迫られているときの健康づくりに一石二鳥の効果をもつ、まことに有用な道具といえよう。

2011年3月18日 (金)

我が“究極の放射能対策”

本数は少ないが、JR線・最寄り駅を発着する電車は運行されている。
停電も当地はなぜか計画停電の対象地から外されて、いつも電気が来るようになった(送電線の関係であろうか)。

が、いつ「大規模停電」が突然やってくるかもしれない。そうなったら、たいへんだ。昨夜はその恐れがあるというので、停電の用意をして節電しながら夜を過ごした。

節電対策で夕方のラッシュ時にはだいぶ電車の運行数が減らされたようだ。
それで早く帰ろうとする通勤客で各駅は大混雑した。乗客の身心ストレスはたいへんなものであろう。さいわい大停電は来なかったが。
今日も寒いから、ヘタすると、突如の大停電となるかもしれない。

停電でエレベータ—に閉じ込められたり、信号の消えた交差点で衝突事故が発生したりなど、事故がいろいろ起きているようだ。

これまで、エレベータ—には出来る限り乗らないこと(超高層だとそうはいかないが)、そして、出来るだけ歩くことを心がけてきた。
ここにきて、それでだいぶ助かっている。

当方は6階に住んでいるが、エレベータ—に乗るのはせいぜい年に2、3回ぐらいである。一日数回外出することもあるが、1〜6階をぜんぶ歩いている。
下まで降りて、忘れ物に気付いて取りに戻るときでも、歩いて戻っている。

おかげで、足腰と心肺機能が強くなり、スタミナがずいぶん強化されるなど、健康が増進された。
買い物など重い荷物を持っても、6階まで歩くのだが、まったく平気である。

最近、ぼやいたりしながら買い物袋を持って階段をふうふう言いながら上ってくるひとに出会うが、ふだんから歩いておれば、そんなことにはならず、こたえないのにとつくづく思う。

ところで、
今朝のエクササイズは筋トレをほとんどやらず、ウォーキング中心とした。ただし、いつものように数キロの小荷物と木刀を手に持ったり、片肩に担いだりして負荷をかけ、合計距離にして4キロあまりを早足であちこち歩き回った。
“街風景のウォッチング”をやることにしたのである。

なお、朝日を浴びるのも健康には大事なので、帽子、マスクはしない。指先が冷たいので手には軍手ははめた。マフラーは要らなかったのでせず。東へ向かうときだけまぶしさをふせぐため、サングラスをかけた。

空から放射能が降り注いでいるのかもしれないが、230キロも離れた地では大丈夫だろうと、歩いているときの放射能防護対策は、とくにとらなかった。
帰宅後、うがいや手洗い、全身の冷水摩擦をていねいにやることに変わりはない。これで付いたかもしれない放射能はほとんど洗い流されるはずである。
そして、体内へ入ったかも知れない放射能は、我が免疫力でやっつけられ、滅びるはずである。

寒気の強い早朝、街を歩くひとは少なかった。寒さもあるが、やはり放射能騒ぎが影響しているのであろうか。

まだ開店には相当前であろうが、早朝のガソリンスタンドの前で、クルマを止めて給油待ちするドライバーの長蛇の列という“異常光景”は今朝も見られた。

それとは無関係に、梅の花が咲き、ウグイスがやってきてさえずり、早咲きの桜木はあでやかな紅に染まり、澄んだ大空には白い雲がぽっかりという、例年通りの春の美景が広がっている。

まさに、古人(唐詩人・劉希夷)が詠んだ

 年々歳々花相似タリ 歳々年々人同ジカラズ

そのものであるなぁと感慨深く思いながら、あちこちを歩いた。


健康保持はこの非常時、とくに心しなければならないことだ。それには、これまでのライフスタイルをできるだけ守ることが大事であろう。
いつものマイペースでの早朝筋トレによる健康増進&保持こそが、私の場合、何よりの“放射能対策”だと思っているのである。

我が放射能対策・その2 「節約モード」で健康保持、被災地に協力

我が放射能対策 その1の続き ↓

3・だから、放射能汚染騒ぎには巻き込まれず、いつも通りの生活を、いや、さらに節約モードを心がけている。
幸い、クルマは昨年、手放したからガソリンは要らない。

停電になったら、暖房は使わないでおく。今頃なら、寒くてもちょっとがまんするだけで大丈夫。男は寒いほうがいい。男の体(とくに◯玉)は冷やしたほうがいいのだ!

自宅でも省エネだ。
エアコンはあるけど、私の部屋では真冬でもほとんど使わない。今冬も“試運転”で数回使っただけだった。ふだんは足元に200〜400Wの小さな電気ストーブを点けるだけ。
居間でもエアコンはほんのたまにしか使わず、ふだんは電気カーペットと、ここでも小さな電気ストーブ。
居間は南向きなので私はほとんど暖房は不要。暖房機はかみさん専用だ。

停電となって、もし寒かったら、体を動かせばOK。それでも寒ければ、重ね着すればいいし、耐熱の飲用ボトル(ナルゲンボトルや、SIGGボトル)に熱湯を入れて“湯たんぽ”でも作り、体に巻き付ければOK。別の記事(SIGGボトルで低温火傷)に書いたが、低温火傷に注意すればよい。

体温を作るのは筋肉だ。
我が筋肉の熱産出力のおかげで、寒さはこたえないのはありがたい。
停電が昼間で、天気がよければ外へ行って梅でも見ながら歩き回るのもよい。ウグイスもだいぶ鳴き出したことだし。

原発30キロ圏内のひとはともかくも、200キロも離れたところで、家に閉じこもり、非常用食品を買い込んでそれを食べて過ごし、ひたすら放射線を恐れて過ごすなんていうひとがいるようだ。
そのほうが放射能汚染よりも、体に悪い。免疫力が落ちて病気に、がんになりそう。

閉じこもるためか、非常用食品を買いだめしようとする客たちで、スーパーはすっからかんだが、ばかげた話だ。
被災地へ回さなければならないのに。

ふだんから非常用食品なんかを保存してなかったのだろうか。
我が家は非常用食品はいつも7日から10日分ぐらい保存している。ときどき使っては(賞味期限がきれたとき)入れ替えてきた。今、それらを食いつないでいる。
一段落したら(客の買いだめが一巡して、店の食品棚に品が出てきたら)補充するつもりだ。
あわてることはない。

いよいよとなったら、いくらでも対処の仕方がある。
まだまだ保存食料はある。
コメ、塩、味噌、ゴマ。手作りのゴマ味噌や、田舎から送ってもらった梅干し、それに、ハチミツ、お茶、昆布、切りイカ、大豆、ナッツ類、そして、手製の干し椎茸、干しにんじん、干しショウガ、さらに水もある。
酒、ビール、ウイスキー、焼酎、これはぞんぶんに“保存”してある。
チョコレートや飴玉、せんべいなんかも非常用にとってある。
これだけあれば、だいじょうぶだ。

生野菜などはいつでも手に入るし。
停電といっても3時間だし、ガスは来ているし。
電気もガスもこなくなったら、いざとなれば、生米をかじればいい。
赤穂浪士は、討ち入りの後、たもとに入れて置いた生米をかじりながら、泉岳寺に向かった。

食べる物が少なくなってきたら、さらに“節食”、少食生活をすればいい。
未曾有の危機は、“生活習慣”を見直すいいチャンスでもある。

福島原発から離れたところにいる我々は、我欲でじたばたするのではなく、被災地の方々に、自分が出来る限りの協力をしたい。長い支援を続ける覚悟をすることが大事だと思う。
ともかくも、今は買いだめなんかに走らない。節電など節約・がまん生活に努める。少ないけれど、義援金を送る。
それに努めたいと思う。

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